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痘痕の光  作者: 星来香文子
琥珀の忌子

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禁忌(四)


 朝彦が死んでから、晴彦は繰り返し同じ夢を見るようになっていた。

 場所は夜の寝所。

 おそらく、帝の寝所である清流殿。


 晴彦は、扉の隙間のような場所から、帝と思われる男とその上に跨る女の後ろ姿を覗き見ている。

 最初は、男女の営みの光景に見えたのだが、女の嬌声ではなく、聞こえていたのは何かを咀嚼しているような、音になっていることに気づく。


 よく見ようと角度を変えると、男の首や頬の肉を女が噛みちぎり、食べている。

 血が枕と布団を真っ赤に染め、最後まで抵抗していた手が力なく床に転がり、身悶える男は生き絶えた。


 血をする音が聞こえ、生々しい血の匂いが鼻をつく。

 女は不意に、後ろを振り返り、赤い瞳と血で真っ赤に染まった唇をぬぐい————


「こちらを見て、笑うのだ」


 そして、女は男から離れ、身動きの取れない晴彦に近づいて来る。その間、食われた男の顔が見える。


「食われていた男は私だった。だが、なんとも気味が悪いことに、女の顔は思い出せない。何度も同じ夢を見ているというのに」


 女がこちらに迫って来たところで、いつも夢から覚める。

 いつも滝のように汗が出て、女に食われた首元が苦しくて、息がしづらい。


「それを毎晩見るのだ。毎晩同じ夢の繰り返しなのに、その女の顔が思い出せない。そのせいで、眠るのが怖くなってしまってな……あまり眠れていないんだ」

「なるほど、それで顔色が悪いのですね」


 おかわいそうに、と、希彦は晴彦の瞼の下にできた隈を指でなぞる。

 ごく自然に、なんの躊躇いもなくそういうことを平気でする希彦に、晴彦は自分の鼓動が跳ね上がっているのを気づかれまいと、目をそらしながらそっと拒絶した。


「こら、やめないか。誰かに見られたらどうする。一応、俺は明日から帝になる身だぞ」

「失礼、あまりにも兄上が気の毒に思えてしまいまして……」


 くすくすと笑いつつ、希彦は晴彦の周囲を見渡す。


「確かに、少し淀んでいますね。何かの呪いか、祟りである可能性が高いです。調べては見ますが……心当たりはありませんか? その夢に出て来るのが女なら、何か女に対して酷いことをしたとか」

「希彦、俺がそんなことをするわけがないだろう。御簾越しでなければ、まともに会話することも、近づくこともできぬというのに……」


 晴彦の女嫌いは筋金入りだ。

 希彦もそれはわかっているが、呪いというのは、大抵の場合呪いをかけた本人の姿に近いものが現れる。

 それが死霊であっても、生き霊であっても。


 そうなると、晴彦が女から恨まれるようなことをしたと考えるのが自然だった。


「……朝彦が死んだ後から見るようになったということは、妃選びが始まった初日は、何事もなかったということですね?」

「ああ、そうなるな」

「では、妃候補の姫に何かしたのでは? 個別に話をしましたよね? 御簾越しで向こうは兄上の姿は見えずとも、兄上には見えていた。候補の姫か、一緒について来ていた女房かもしれません」

「姫か女房……? そう言われてもなぁ」

「とりあえず、順に思い出して見てください。確か、最初に話をしたのは紅玉領の撫子でしたね」

「ああ、そうだ」


 晴彦は、姫候補たちと何を話したのか、順を追って思い出して行く。



 * * *


 最初は、紅玉こうぎょく領の撫子なでしこ

 確か紅色を基調とした装いをしていたな。

 髪飾りが無駄に豪華で、キラキラと光を反射していた。


 それに、一番、香の匂いがきつかった。

 だが、それだけ着飾っているにも関わらず、青ざめているというか、どこか顔色が悪かった。

 やる気がないというか、何かを諦めたような……何を話したかなんて、覚えていない。


 確か、じいやが考えた当たり障りのない質問をいくつかして、それだけだった。

 あまり自分のことを話さず、何かに怯えているようにも見えたが……それだけだ。



 二番目は、紅玉領の牡丹ぼたんだ。

 他の姫たちと比べて、特に印象に残っていることはないな。

 あえて言うなら、一番印象が薄かった。


 撫子ほど香はきつくなく……顔の印象もあまり————色が白いなと思ったくらいだ。

 きっと、あまり陽のあたるところへは行きたがらないのだろう。

 そのせいか、手の甲に北斗七星のような形に並んだ黒子があるのが目立って見えた。

 最初は痣かと思ったが……



 三番目は、瑠璃領の桔梗ききょう

 女にしては凛々しい顔つき、というか、どこか男っぽい感じがした。


 香の匂いも、白粉の匂いも全くしなかったし、瑠璃の女の特徴なのか、上背もあっておそらく一番背が高いのだろうな。

 受け答えがしっかりしていて、頭が良いのだろうとは思ったが、内容が難しくてあまり覚えていない。



 四番目は、瑠璃領の蘭子らんこ

 見た瞬間に朝彦の好みだと思った。

 自分が一番、選ばれて当然という傲慢な感じがひしひしと……気の強そうな女だと思った。


 今となっては、朝彦に騙されたバカな女だ。

 少なくとも、朝彦を俺だと思い込んでいたのなら、初日から相手をした、惚れられていると優位に思っていたに違いないし、俺を呪うとは思えない。



 五番目は、翡翠領ひすいりょう花梨かりんだ。

 容姿はそこそこだったが、健康の話をしたことを覚えている。


 子供の頃は体が弱くて、皮膚もすぐにただれるほどだったそうだが、毎日キノコと大豆を取るようにすると改善されたとか。

 花梨本人よりも、一緒にいた女房がよく喋る女だなという印象だった。



 最後は、翡翠領の桜子さくらこ。見た瞬間、朝彦の好みだと思った。

 蘭子は気が強い感じだったが、こちらは真逆で、目が大きく、顎が小さい。

 どこか少女のような幼さのある、誰が見ても美しいと思える。


 だが俺は一番、こいつが気持ち悪いと思った。


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