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痘痕の光  作者: 星来香文子
瑠璃の洞窟

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迷宮(五)


「————つまり、帝が亡くなったのは事件ではなく、事故だった……と?」

「ああ、私はそう考えている。蘭子様はあの小瓶の液体が何か知らなかっただろう? 部屋に来た帝を東宮様と勘違いして、中宮様の言いつけ通り飲ませた。違うか?」

「ええ、その通りですわ。わたくしは、あのお方が東宮様だと思って、お茶に混ぜたのです」


 話せる程度に体調が回復した蘭子に、あの夜のことを桔梗が訊ねると、涙ぐみながら蘭子は答えた。


 桔梗の推測通り、帝を東宮だと勘違いした蘭子は茶にあの液体を入れておいた。

 酒やつまみが置かれた膳の上には、茶も用意してあった。

 帝が酒を飲んだその後、茶を飲んでいるのを蘭子は確認している。


「中宮様がお茶かお酒に混ぜるようにおっしゃっていたので、確実に飲んでいただこうと、特別な茶葉で淹れたので是非と……勧めたのはわたくしです」


 その後、帝の様子が豹変し、蘭子を押し倒した。東宮が自分を選んでくれたのだと、蘭子はよろこんで身を預け、気がついたら自分の隣で死んでいた。

 しかもそれが東宮ではなく帝だというのだから、蘭子は自分がしたことが恐ろしくてたまらなかった。


「わたくしが、わたくしが、お茶を勧めなければ……」


 こんなことにはならなかった、と消え入りそうな声で言った蘭子を桔梗は力強く励ます。


「いや、あなたのせいじゃない。これは事故だ。蘭子様に非はない。悪いのは、東宮の妃候補と知りながら、手を出した帝の欲だよ」


 そう言うと、蘭子の瞳から涙が溢れた。


 * * *


 翌朝、桔梗は中宮にいち早くこの事実を報告した。

 中宮が渡した小瓶が帝の死因に関わっていることは明らかで、これは事件ではなく、事故。

 希彦が中宮の命で動いているなら、中宮の口からあれが死因であったことを話してもらった方が変に騒ぎにならずに済むのではないかと考えたからだ。


「なるほど……では、これは帝自身が引き起こした、不幸な事故であったと?」

「はい、そうなります」


 桔梗の話を聞いた後、中宮は御簾越しではあるが口元を扇子で隠した。

 はっきり見えたわけではないが、桔梗にも何と無く衣擦れの音でその動きがわかる。


「まさかそのようなことが起こるとは……わかった。希彦には、私の方から上手く話しておこう。事故。それに、罪人がいるとすれば、それは私だ。帝の御心を掴んでおけなかった、私の罪」

「いえ、決してそんな……!」

「気を使わずとも良い。酒も女遊びも控えるように進言できなかった私のせい。よくわかった。まさか、子孫繁栄を願って呪術をかけたものと、琥珀水の相性が悪かったなんて……————ところで、あの小瓶は、まだ手元にあるか?」

「はい、藤豆————」


 名を呼ばれ、桔梗の後ろで控えていた藤豆が、小瓶を中宮の側仕えに手渡そうとした。


「いや、よい。返して欲しいわけではない」


 だがそれを、中宮は止める。


「妃選びが再開されたら、東宮がそなたの部屋へ行くこともある。死んだ男のせいで穢れてしまった前橋の姫は論外だ。もう瑠璃領の姫はそなたのみ。妃選びの期間中は、念のため琥珀水を使った飲み物は禁止としよう」


 おそらく先の妃選びの際に菖蒲との因縁があるからこそ、中宮が本心では蘭子を正室にと望んでいたのは明らかだった。

 帝の死が、事故であったことが公表されれば、いくら瑠璃領の名家の姫とはいえ、蘭子の面目は丸つぶれである。

 勘違いだったとはいえ、実の父親が抱いた女を正室になど選ぶはずがない。

 そうなると必然的に、桔梗を推すのが同じ瑠璃領の出である中宮の役目となる。


 桔梗は東宮の御渡りがあっても、小瓶を使おうだなんて気はさらさらないが、とりあえず中宮の言う通りにすると嘘を言った。

 こんなものを使わなくても、正室になればいいだけの話だ。何の問題も起こさなければ、あとは他の候補たち同士が勝手に争い、勝手に蹴落としあって行くはずだ。


「では、私はこれで、失礼いたします」


 話を終えて、桔梗は自分の部屋に戻ろうとした。

 ところが、来る時は気にならなかったが、廊下に出てすぐに見える突き当たりの壁に飾ってあった掛け軸に目が行く。

 それは、撫子の部屋や帝の寝所にあった掛け軸とよく似ていた。


 ————まさかここにも、隠し部屋が?


 そう思うと、無意識に手を伸ばしていた。

 掛け軸をそっとめくると、やはり隠し扉があったのだ。

 中には入らず、ただその場からのぞいてみると、内側の作りもまったく同じものだった。


 西の棟にあったものと、撫子の部屋につながっていたものとよく似ていて、天井には古い文字で『迷宮』と書かれている。


「————まぁ、そちらに何かありますの?」


 突然背後から鈴を転がしたような美しい声が聞こえ、驚いて振り返るとそこにはとても綺麗で可憐な姫がにっこりと微笑みながらこちらを見ていた。

 翡翠領のもう一人の妃候補・桜子さくらこだ。


「ああ、その……」


 ここに秘密の小部屋があることを、桔梗は隠そうとした。

 帝は女と会うために使っていたようだが、この通路は本来ならおそらく有事の際の抜け道だ。

 帝や皇族の身を守るためにある。

 それをやすやすと、まだ東宮の妃候補である姫に教えていいものではないだろうと。


 ところが、桔梗がどう取り繕うか一瞬迷っている間に、桜子はぐっと桔梗に近づき、小部屋の中を覗き込んだ。


「あら、ここにもあったのですね」

「え? ここにも?」

「わたしの使っている部屋にも、同じものがあるんですよ」


 桜子の話では、宮中へ来たその日の夜、何だか奇妙な音が聞こえた気がしたそうだ。

 すぐに止まったので、その時は気にしていなかかった。


 だが、その翌朝に帝が亡くなったと騒動になり、もしかしてその音が何か関係しているのかと、もう一度調べてみると、掛け軸の裏側の扉を発見。

 小部屋の中央には何故か砂袋が大量に積んであって、その真上のあたりに、何か文字のようなものが書かれているのを見つけたそうだ。


「いったい、何と書かれているのかと不思議に思いまして、中宮様にお聞きしようかと、こちらへ来たところなのですよ」

「中宮様に?」

「ええ。かえで————うちの女房がいうには、昔、瑠璃領で使われていた古い文字に似ているそうですの。呪術にも使われていると聞きましたので」


 桜子はそう言って、桔梗にその文字の写しを書いた紙を見せる。

「……『中央の姫』」

「まぁ、読めますの?」


 桜子は、感嘆した。




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