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痘痕の光  作者: 星来香文子
瑠璃の洞窟

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事件(五)

「確かに、それはありえない話ではないな」


 桔梗の言葉を聞き、希彦は顎に手を当て考える姿勢をとったが、ほんの一瞬だった。

 そんなに深く考える必要もない。

 確かに帝と東宮の声はよく似ているのだ。


「実の親子であるにも関わらず、実は主上と東宮の顔は全く似ていない。皆口には出さないが、そう思っている。お前たちもそうだろう?」


 帝と東宮両方の顔を知っている官吏たちは希彦の問いかけに静かにうなづいた。

 朝彦は自分の顔にそうとうな自信があるようで、地方へ視察などに行ってもあまり顔を隠したりしない男だった。


 何しろ、歴代の帝の中で一番の色男だと噂されるほどに幼い頃から美男子だったのだ。

 その上、同じくらいの年頃の貴族と比べても十歳は若く見えるほど童顔だった。


 一方、息子の晴彦は実の父親よりも、祖父である先帝・昌彦まさひこに似ている。


 横に一本、線をひいいただけのような細い目と、大きな丸い鼻。

 この世に生まれ落ちたその瞬間から、玉のように美しい皇子であった父親に似ていないことを残念に思われることが多かったため、あまり人前には出たがらない。

 幼少の頃はあまりにおとなしいため心配されほどだ。


「容姿は似ていないが、確かに声は似ていたといえる。主上が東宮のふりをして蘭子殿の部屋に来ていたか……そもそも、妃選びの最中に東宮ではなく舅となる主上が訪ねて来るなんて、常識的に考えてありえない。勘違いされてもおかしくはない」


 希彦と桔梗は改めて蘭子に話を聞きに行ったが、事件の衝撃で気を失ってしまい、起きていてもずっと泣いているので、とてもじゃないが話せる状態ではなかった。

 代わりに、女房の方に訊ねると、やはり帝を東宮だと思っていた。


「東宮様のお顔は、拝見したことがございません。ですが、お顔も声も、かつてお会いしたまだ東宮だった頃の主上そのものに思えたので————」


 年増の女房は、まだ東宮だった頃の帝の顔を知っていた。

 先帝の瑠璃領の視察について来ていたのだ。

 その際、泊まったのが蘭子が生まれる前の前橋家の屋敷だ。


 現れた男の顔も声も、あの頃の帝によく似ているのだから、息子に違いないと。

 東宮の顔が父親とまるで似ていないということを知らなかった。

 そもそも、帝が妃候補の姫のところへ夜更けに訪ねて来るなんて思うはずもなかった。

 若い女房も同じで、女童の頃に一年ほど宮中にいたが、一度も帝の顔も東宮の顔も見たことがなかった。


「……それにしても、いったいなぜ? 主上が姫様と二人きりになりたいだなんて、仰せになられたのでしょうか?」


 年増の女房は、口ではそう言いながらそう泣きそうだった。

 覗き見なんて無粋な真似はしてはいけないと、部屋の前で扉を背にして座っていた間、漏れ聞こえていた蘭子の嬌声————相手が東宮だと思ったからこそ、やはりうちの姫様が選ばれたのだと自慢気に思っていたが、その相手が帝だったなら……

 そんなことはとても恐ろしくて、口が裂けても言えないと思った。


「本人が死んでしまったからなぁ、まぁ、あのお方のことだから、察しはつくが……————だが、そうなると蘭子殿にはますます主上を殺す動機がない。相手が東宮であっても、帝であっても殺してなんの得になる? それも、明らかな毒殺。毒を用意するほどの計画性があったのであれば、自分にはまるで関わりのない場所で行うべきだ」

「そうですね、私もそう思います」


 希彦の意見に、桔梗も同調した。自分の部屋で死なれては、真っ先に疑われる。


「例え、蘭子さんが後から東宮ではなかったと気づいて、殺そうとしたとしても毒はどうやって用意したのか……事前に持ち込んでいたんですか?」

「まさか!! 姫様がそのような恐ろしいことをするはずがないでしょう!?」


 年増の女房は全否定した。

 いくら東宮の妃選びは熾烈なものだといわれているとはいえ、毒を持ち込むなんて、ありえない。

 そもそも、そんな恐ろしいことを考える姫が、正室にふさわしいとなるわけもない。


「先の妃選びでは、呪詛や東宮様以外の男と通じていたとして落第した候補者がいた事は、桔梗様もご存知でしょう? 少しの綻びが、全てを終わらせてしまう恐ろしさ……瑠璃領の姫なら幼い頃から教えられる基本中の基本です!!」


 なんて非常識な!と、憤慨する年増の女房に対し、桔梗はばつの悪そうな顔頭を掻く。


「いやぁ、私は幼い頃は姫としての教育は受けてこなかったもので……」

「はぁ!?」


 年増の女房は、そんなわけない、そんな姫が妃候補としてここまで残れているはずがないと食ってかかろうとしていたのを、希彦が止める。


「まぁ、いずれにしろ、桔梗殿が言う通り、通路を探すのが先決だ。確か、夕食後に突然、主上が蘭子殿の部屋を訪ねてきたのだったな?」

「え、ええ。そうですけど……」

「主上はどこから現れた? 右から曲がってきたか、左から曲がってきたか、覚えていないか?」

「え、えーと……」


 あの時、最初に帝と話したのは若い女房だった。

 その後、年増の女房に伝え、蘭子はすぐに招き入れた。

 若い女房は眉間にしわを寄せながら、当時の記憶を辿り、答えを導き出す。


「左です。先に手に持っていた酒瓶が見えて、それからこう、廊下を曲がって……」


 女房の証言をもとに、桔梗と希彦は秘密の通路がありそうな大体の場所を絞り出した。

 そして、本当にそれは見つかったのだ。棟の中央付近に、図面には書かれていない、隠された小さな部屋が存在していたのだ。


「……地下?」

 さらにその部屋には、地下へ続く長い階段があった。



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