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痘痕の光  作者: 星来香文子
瑠璃の洞窟

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31/59

事件(四)


 当日の警備体制を確認すると、妃方候補の姫たちがいる三棟がある区域への出入り口は二つ。

 東宮殿へ続く北側の門と、反対側にある南門である。

 

 小高い塀に囲まれている為、不法に侵入するには塀を超える必要があったが、門の前には当然ながら門番が立っていたし、塀の周りも区域内も巡回の女官が常に目を光らせている。


 帝の姿が最後に目撃されているのは、寝所がある清流殿せいりゅうでん

 清流殿から移動したのであれば、南門をくぐった方が早く着く。

 北門のだと、何度か迂回しなければならず、時間もかかるし、目撃者も多くなるはずだ。


 ところが、誰一人として、帝が清流殿から出ていく様子を目撃した者はいなかった。


「側仕えの者の話によれば、いつ主上が清流殿から出たのかも不明らしい。どこへ行くのも側仕えの者が付いて回ることを疎ましく思っているところもあったようだが、密かに抜け出したとしても、普通なら誰かが見ているはずだが……」


 希彦の話を聞いて、桔梗はやはりどこかに隠し通路のようなものがあるのではないかと思った。

 宮中では人の目が常にあり、厠へ行った回数まで知られていると聞いたことがある。

 夜の出来事だとはいえ、誰一人として目撃していないのは不自然だ。


「確か主上は亡くなられていた際、着ていたのは白いほうでしたね? 暗い色であれば、闇に紛れて多少は気づかれにくいのに」


 側仕えの男は、寝所の前に控えていた。

 それなのに、見ていないのであれば、寝所の中に隠し通路のようなものがあるに違いない。

 きっと、帝しか知らないのだろうと思った。誰にも見られずにそこを通って……


 警備の女官は、門の外側を巡回する班と、内側を巡回する班に別れている。

 内側の班は基本的に二人一組で紅玉領の姫たちがいる東側の棟、翡翠領の姫たちがいる中央の棟、桔梗たちがいる西側の棟と巡回していた。


 第一発見者の燕は、その西側の巡回を終えたら交代するはずだった。

 なんの問題もなさそうだと、安心しかけたその時、男のうめき声を聞いたのだ。

 男子禁制で、東宮の御渡りがあったなんて話も聞いていない。


 そもそも、まだ妃選びが始まったばかりで、東宮の御渡りがあるのであればもう少し後のことだろうと思っていた。

 不審な声に驚いて、声がした方へ近づいてみれば蘭子の部屋の前で、扉を背に女房が二人座って眠っている————という状態だった。


 そのどちらも、蘭子が実家から連れて来た女房で、蘭子の部屋とは別の仕切られたつぼねで眠っているはずの二人がそんな状態だったので、何をしているのか起こして事情を聞く前に、人が倒れるような物音が聞こえる。

 若い女房がすぐに扉を開け、中を確認すると蘭子は布団の上ですやすやと眠っていて、そのすぐ隣で泡を吹いた帝が倒れていた。

 蘭子が目を覚ましたのは、燕が医師を呼ぶように叫んだ時だった。


 そして、二人の話によれば、夕食の後に東宮が一人で酒瓶を持って蘭子の部屋を訪ねてきたらしい。

 年増の女房がくりやに酒のつまみになりそうなものを取りに行き、若い女房がその間に布団を敷いた。

 年増の女房が戻って来てすぐに、東宮が「二人きりになりたい」と言ったので、いつ呼ばれてもいいように部屋の外で待機していたのだが、二人とも気づけば眠ってしまったそうだ。


「ところで、一つ気になるのですが」

「なんだ?」

「東宮様はいつお帰りになられたんでしょうか?」


 帝が死んだ時、東宮の姿はなかった。

 帝の姿を目撃している可能性はないのだろうかと思ったのだ。

 それなら、どのくらいの時間に帝が蘭子の部屋へ現れたのかいくらか絞れそうなものだが……


「ああ、それか。実は、東宮と側仕えの者に確認したところ、蘭子殿の部屋どころか、あの日の夜はどこへも行っていない。寝所から一歩も外へ出ていないそうだ」

「え……?」

「御渡りがあったと言っているのは、蘭子殿と蘭子殿が宮中へ連れて来た女房の二人だけなんだよ。それも、この事件のおかしな点だな」


 他の女房たちは、慌ててつまみの用意に厨を行き来した年増の女房と、若い女房の会話から、東宮様の御渡りがあったと知ったくらいで、東宮の姿を見ていない。

 蘭子と東宮が二人で何をしていたのかをわざわざ覗こうなんて無粋な真似はするはずがないし、年増の女房に自分たちの手は必要ないと言われていたため、それぞれの局へ戻り眠っていた。


 燕が医師を呼ぶように叫んで、主上と呼ぶ声がして……その後は桔梗と全く同じだ。

 なんだか騒がしいので何事かと廊下に出てみれば、蘭子の部屋で帝が死んでいた。


「……それなら、こうは考えられないでしょうか?」


 希彦を含め、その場にいた官吏や捕吏たちが一斉に桔梗に注目する。

 桔梗にくっついて来ていた藤豆は、男たちの鋭い眼光に一瞬びくりと肩を震わせ、女性にしては上背のある桔梗の陰に咄嗟に隠れたほどの緊張感があった。


 だが、桔梗はまったく臆することなく、自分の考えを口にする。


「東宮様も主上と同じく秘密の出入り口を使ったか、蘭子さんたちが東宮様だと思っていた方こそが、実は主上だったのでは?」


 少なくとも桔梗は、宮中へ来るまでずっと瑠璃領で暮らしていたが、帝とも東宮とも会ったことがないし、見たこともない。

 宮中へ来てからも、二人とは御簾越しにしか会っていない。

 東宮の声は聞いたが、帝の声は聞いたことがない。同じ瑠璃領にいた蘭子たちも、同じだったのではないだろうか。


「親兄弟は、容姿や声が似ていることが多い。私の弟は声変わりをしてからというもの、声だけなら父と区別がつかないほどです。姉たちも母に容姿が生き写しのように似ています。蘭子さんと二人の女房は、三人とも東宮様だと思い込んでいたのではないでしょうか?」



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