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痘痕の光  作者: 星来香文子
瑠璃の洞窟

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事件(三)

 妃選びの際、各領地の姫が生家から連れて来て良いのは、二名の女房である。

 基本的には姫の母親くらいの年増の女房と、姫と同じ年くらいの若い女房。

 乳母と姉妹のように育った女童の場合が多い。


 それ以外にも宮中にいる女房や女官、下女が身の回りの世話をすることになるが、彼女たちは姫たちとは面識がない、多くが琥珀領の人間だ。


 事件が起きた当時、警護のため見回りをしていた女官も、琥珀領の人間で、普段は男子禁制である後宮の警護をしている。

 彼女らは東宮の顔も帝の顔も知っているため、今回、蘭子の部屋で倒れていた男が帝だとすぐにわかった。


「最初に目撃したつばめという女官は、早朝の見回りの際にうめき声が聞こえたような気がしたそうだ。異変に気付き、蘭子殿の部屋の前で控えていた女房に声をかけ、中を改めたときにはすでに主上は泡を吹いて亡くなっていたらしい」


 通常、御渡りや誰か客人がきているのであれば、交代の際引き継ぎがある。

 しかし、警備に当たっていた女官の誰も帝が中に入っていく様子を目撃していないのだから、当然、引き継ぎもなにもあるわけがなかった。


 一体どうやって、帝が蘭子の部屋に入ったのかも不明で、なぜ帝がこんな場所で毒殺されたのかも、その犯人にも検討がつかなかった。

 蘭子も部屋の前に控えていた女房たちも、わけが分からず困惑している。


 とりあえず事件現場とは別の部屋に今は部屋を移してはいるが、蘭子もひどく驚いている様子だった。

 目の前で人が死んだのだから、かなり衝撃を受けただろうし、蘭子の部屋からも毒は見つかっていない。


 希彦があまりにも謎が多くて困っていると、悩ましげな表情を見せる。

 すると藤豆はさらにうっとりとした表情で、希彦に熱い視線を送った。


 桔梗は完全に藤豆が心を奪われていると察し、妙な行動を起こされても困るし、本当に話せるようなことは何もなかったので、希彦には早く帰ってもらおうとした。


 ところが、希彦が踵を返した瞬間、何を思ったのか藤豆が呼び止める。


「お待ちください!! うちの姫様は……桔梗様はこういう難事件を解くのが得意なのです!! 私たちも捜査に協力させていただけないでしょうか!?」

「……藤豆!? 何を急に……」

「だって、そうではありませんか! 姫様は昔から、瑠璃領で起きた数々の事件を解決して来られました! ものの仕業だと言われていた神隠しの事件だって、下野しもので起きた幽霊騒動だって、姫様が真相を暴いたのではありませんか!」

「それとこれとは関係ないだろう!?」


 それはまだ桔梗が子供だった頃の話である。

 一時期、光と一緒に難事件を次々解決する皇子が活躍する物語に夢中になり、瑠璃領で起きた不可思議な事件に首を突っ込んでは、実際に犯人を捕まえたり、真相を暴いたりしていたのだ。


 父にバレて、そんな危ないことは二度とするなと怒られて以来やっていないが、桔梗の聡明さは皆が知っていて、その頭脳は瑠璃領で三年前に謎の流行病が起こったときにも活用されることになった。


「————物の怪?」


 物の怪という言葉に反応した希彦が詳しく話すように言うと、藤豆はいかにして桔梗が事件を解決してきたかを嬉々として語り出した。

 そうして、結局、桔梗はこの事件の捜査に協力することになったのである。



 * * *


「まったく、何を考えているのですか! 馬鹿者! 姫様は東宮様の妃選びのためにここにいるのであって、殺人事件の謎を解きに来たわけではないのですよ!?」


 事件のせいで、妃選びは始まって早々に中断になった。

 犯人も捕まっていないことから、年増の女房たちが同士が集まって、警護の女官たちと姫たちの身の安全について色々と話し合いを終え、戻ってきたもう一人の女房・粟乃あわのはまさかの事態に藤豆を叱りつける。


「だってぇ、希彦様がとっても困っていらしたから、つい……それに、帝が殺されちゃったんですよ!? そのせいで妃選びだって中断されてしまったし、いいじゃないですか。解決すれば妃選びは再開されるし、私も希彦様と恋仲になる、一石二鳥じゃないですか」

「……姫様、この馬鹿は一体何を言っているのでしょう? わたくしには理解できないのですが……わたくしの歳のせいでしょうか?」


 粟乃は藤豆を指差しながら、桔梗に助けを求めた。粟乃はまだ四十代だ。

 呆けるには少々早すぎる。


「藤豆はあの希彦とかいう男にすっかり惚れてしまったんだよ。それで、私には捜査に協力させ、自分は希彦といい仲になろうと、そういう魂胆らしい」

「……馬鹿なんですか? 本当に、なんでこんな子を女房に選んだのです!?」

「素直でいい子だと思ったんだが、やっぱり、馬鹿だったか」

「馬鹿ですよ。女房は姫様が東宮様のご正室に選ばれるように、お支えするためにいるというのに、その女房の仲人をするなんて聞いたことがありませんが」

「私もない」

「いいじゃないですか! 女房だって、恋をするのです!!」


 まだなったばかりのくせに何を言っているんだと呆れつつ、藤豆を無視して粟乃は話を続ける。


「それで、捜査に協力するというのは一体、いつからでございますか?」

「明日からだ。一応、私は妃候補。本来なら私は後宮と試験会場のこの男子禁制の区画しか自由に出入りできない決まりになっているからな。捜査に協力するなら、その制限を解く必要があると……」


 希彦はその許可を取りに、中宮に話をして来ると言っていた。

 許可が出れば、どこであろうと出入りできる。


 犯人が蘭子ではないのであれば、皆が心配しているようにどこかに族が潜んでいる可能性もあるし、すでに逃げ出してしまっている可能性もある。

 毒を盛った人間が最初から宮中にいた可能性も今の所捨てきれないのだ。


「いずれにしろ、殺されたのはこの国の帝だ。このまま犯人が捕まらなければ、永遠に妃選びが終わらないかもしれない。そんなのは時間の無駄だ。さっさと事件を解決して、ついでに藤豆と希彦の間も取り持てばいいだろう」


 もうすでに決まったことを、あれこれ言っても仕方がないと桔梗は冷めた表情で言い切った。


 そうして、翌日には中宮の許しも出て、桔梗は希彦の捜査に加わったのである。


「それで、桔梗殿はまずはどこから調べるべきだとお考えか?」


 捜査の拠点となっている部屋に入るなり、希彦は桔梗に訊ねた。

 桔梗は、中央の大きな机の上に置かれいた図面に目を向ける。それは事件現場周辺の見取り図だった。


「まずは、当日の警備がどのような配置だったかを知る必要があります。それと、もしそれが完璧で、外部から誰も入ってくることができないのであれば、探すべきは一つです」

「何を?」


 その場にいた捜査員が声を上げると、桔梗は蘭子の部屋のあたりを指差して言った。


「秘密の通路ですよ。門番でさえ帝の姿を見ていないのなら、内部のどこかに他に出入りできる場所があるはず」


 帝の動線がわかれば、どこで毒を口にしたか手がかりになるはずだと桔梗は考えていた。



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