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痘痕の光  作者: 星来香文子
翡翠の簪

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失踪(三)

 月和国つきわのくに————帝が治めるこの島国は、三つの川を隔て四つの領地に分かれている。

 北側にある巨大な神山・景月山けいげつざんを背に建てられた宮殿を眼下に置く首都・景月京けいげつきょうがある琥珀領。

 景月山から流れ落ちる滝が合流して琥珀領の外側を囲う堀のように流れる大河。


 その大河からさらに左右に広がるように二本の川が流れ、陸をほぼ同じ大きさの三つに割っている。 

 東の陸を紅玉こうぎょく領、中央の陸を翡翠ひすい領、西の陸を瑠璃るり領と呼び、桜子の父・央満なかみちが当主をしているのは、中央の翡翠領。

 桜子が行方不明となった山寺は、翡翠領の一番北側にある景月山と比べるとかなり標高の低い山の中腹にあった。

 

 翡翠領から琥珀領へ行く際は、この山を越えるか、迂回して他の領地から行くのが最短である為、迂回山と呼ばれている。

 また、翡翠領は北へ行くほど土地が狭く、南へ行くほど土地が広がっている綺麗な扇型のような地形をしている。

 つまり、一番北側ということは、紅玉領にも瑠璃領にも一番近い場所といえる場所である。


 明日から行われる東宮の妃選びには、琥珀領以外の各領から二人ずつ適齢期の姫が選出され、その中から様々な試験を行い、正室となる姫を選ぶというものである。


 翡翠領に至っては、今回の候補者は二人いると言っても、本命は当主の二の姫である桜子で決まっているようなもので、もう一人の候補者が犯人とは考えにくい。

 形式上、二人目が必要であっただけで、自分が選ばれるなどという考えは毛頭ない。

 運良く側室にでも選ばれれば……くらいにしか考えていないような娘である。


 邪魔をするなら、長い間、正室に選ばれていない紅玉領の当主か、三代前の東宮から連続して正室に選ばれている瑠璃領の者だろうと葵は思った。

 瑠璃領では皇后を輩出した家の者が家督を継ぐらしく、兄弟で娘を使って家督争いをしているらしい。

 翡翠領も、紅玉領と同じく正室には選ばれず、どちらかといえば側室に選ばれることが多いのだが、それはその当時の当主の娘たちの年齢が東宮と合わないため、本家ではなく分家から選ぶしかなかったせいではないかと言われている。


 だからこそ、二の姫である桜子が生まれたのは、皇后が皇子を産んでから七日後のことで、翡翠領の当主は桜子をなんとしてでも東宮の正室にしようと躍起になっていた。



 葵の助言通り、桜子の捜索と妃選びの延期を申し出た央満の訴えにより、すぐさまこれは国の一大事であると帝が判断し、妃選びは延期。

 別の吉日を陰陽師たちに調べさせ、後日改めて正式な日取りを決定することとなった。

 問題は、桜子の捜索である。


 正室候補の姫が失踪したとなれば、一番に考えられるのは、他家による妨害だが、あくまで可能性の話。

 全く関係のない賊による犯行という線もなくはないし、桜子が自ら何らかの意図があっていなくなった可能性もある。

 翡翠領の人間が他の領地を捜索するとなると、後々ややこしいことになるのは目に見えている。


 これを機に三領による戦にでも発展してしまっては困るため、帝は桜子の捜索のために朝廷から適任者を派遣することにした。

 そうして、その適任者として朝廷からやってきたのが、眉目秀麗な面差しの青年・希彦まれひこである。


 肌は白磁のように白く滑らかで、葵がこれまで見た男の中で、一番綺麗な顔をしていた。

 上背がなければ、女と思われてもおかしくはないほどである。

 大きな目は猫のようで、烏帽子は被っておらず、艶やかな黒髪を後ろで軽く束ねている程度。

 喪中なのか鈍色の狩衣を着ていた。


 そして、正確な年齢は不明だが、どう見てもかなり若い。

 十代半ばか、いっても二十代前半というところだろう。

 帝がこちらに派遣した役人と聞いて、もっと頼りになりそうな大人の男が来ると思ってい葵は、希彦の姿を見て愕然とする。


 ————こんな若造に、姫さまが見つけ出せるはずがない!


 自分だってまだ裳着を終えたばかりだというのに、希彦からは必死さを感じられなかった。

 当主が頭を下げて、必死に娘を探し出して欲しいと言っているのにも関わらず、欠伸をしていたのを葵は見逃さなかったのである。


 一時期勉強のため宮中で働いていた葵は、すでに親の位ばかり高くて、ろくに仕事をしない官吏が山ほどいることを知っている。

 こちらの話が通じず、何度苦労したことか。

 希彦もあれらと同じだと思った。


 上座から一番遠い位置に控えていたのをいいことに、つい睨みつけてしまうほど、葵は怒っている。

 各領地同士での争いを避けるために取られた措置だと聞いているが、そんな後々のことはもうどうでもいい。

 円滑に桜子を見つけ、事件を起こした犯人を糾弾すべきと当主に進言したものの、こんなに使えなさそうなお坊ちゃんでは意味がない。


 今この場で、誰よりも冷静ではいられなかったのは、葵だった。

 本人にその自覚はないが、眉根を寄せたその表情はまるで鬼の形相。

 だからこそ、怒りと不満を露わにしたちっとも可愛らしいとはいえない葵は変に目立っていたのだ。

 

 希彦は、一通り当主が話した後、葵を指して言った。


「————央満殿、そこの生意気そうな娘を借りても良いだろうか?」

「え? あ、葵でございますか?」

「名前は知らん。この場にいるということは、行方不明の二の姫の付の女房であろう?」

「左様でございますが……なぜ、あの子を?」

「一番使えそうだからだ」

 

 皆が一斉に葵の方を見て小首を傾げる。

 何故、使えそうだと思われたのか誰もわからなかったが、葵は、希彦の指名により、桜子の捜索に加わることになった。


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