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痘痕の光  作者: 星来香文子
紅玉の祭壇

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傷心(二)

 紫苑は、色々な事をよく知っていました。

 博識で、容姿も、美しいのに立ち居振る舞いもどこか勇ましく男らしい。


 東宮であられた頃の朝彦様は、逆に女と間違われるほどの可愛らしい容姿をしていたので、わたくしも菖蒲も、お付きの女房たちも、紫苑に心を奪われていたのです。


 そんな紫苑が、呪文のことを口にした時、わたくしはとても驚いたのですよ。

 呪文だとか、呪詛だとか、物の怪だとか、そういう恐ろしい話を朗々と語る紫苑のその様子が、なんとも楽しそうでした。

 わたくしの家に伝わる紅玉の祭壇の話も、関心があるようで「そんなに素晴らしいものがあるなら、試してみたらいい」と言ったのです。


 わたくしは家にずっとあるあの紅玉を綺麗だとは思っていましたが、そういう人ならざる力はあまり信じてはおりませんでした。

 でも、紫苑がそう言うのならと、母から教わった通りの人形を二体作り、片方を紫苑に持たせたのです。

 わたくしは、妃選びが終わったあとも、わたくしたちの友情が続いて欲しいと、そういう願いを込めて祈ったのです。


 ですが、咲子が宮中を追い出されてすぐ、今度はわたくしは呪詛の疑いをかけられました。


 騙したのですよ。

 紫苑は。

 わたくしを陥れて、呪詛を理由に排除したのです。


 わたくしがどんなに違うと言っても、誰も耳を傾けてはくれませんでした。

 そして、紫苑は笑ったのです。

 わたくしを見下して、げらげらと笑ったのです。


「紅玉領の女は、恐ろしい」と言いながら、笑ったのです。

 本当に恐ろしいのは、あの女の方なのです。



 生家に戻され、傷ついたわたくしの心を動かしたのは、撫子。

 あなたの父上とこの紅玉でした。

 肉親でさえ、わたくしを見放したのに、父上はわたくしの話を信じてくださいました。

 

 けれど、この家に嫁いでからも、あなたが生まれても、わたくしはずっと、妃選びで呪詛をおこなった恐ろしい女であると言われ続けていました。

 それが、どんなに悔しかったことか。あなたのお祖父様まで、娘のわたくしを邪険にしていました。


 わたくしの持っていた紅玉も奪い取られ、家の歴史に泥を塗ったとお怒りだったのです。

 中宮となったあの女がいる限り、このままでは、撫子が妃選びで同じような目に遭わされるのは目に見えていました。


 だから、父が死に、弟へ代替わりする際に紅玉を入れ替えたのです。


 わたくしは子供の頃から毎日、毎日あの紅玉を見ていましたから、偽物を作るのなんて簡単でした。

 昔から、わたくしは石の加工は、お裁縫よりも得意だったのです。


 密かにこの屋敷に持ち帰り、何度も人形を作り、色々と試しましたが、宮中の……あの女の周りには、強力な結界が張られているようなのです。

 呪術に精通していた女ですからね、そういう部分でも抜かりないのでしょう。


 そのせいで、かけた呪詛は跳ね返され、わたくしの方へ戻ってくる。

 その度に、肌に痣や傷が出来て、気づけばこんな顔になってしまいました。


 結界より内側に、よりあの女に近い場所に人形を置く必要があるのです。

 ですが、わたくしは宮中に近づくことも出来ませんし、橘の女御もわたくしをよくは思っていないはずです。

 わたくしからの贈り物や文なんて、受け取ることもないでしょう。


 他の紅玉領の出身の女房や官吏に頼んでも、中宮の結界の内側へは近づくのは難しいのです。

 ですから、茜に頼んだのです。


 橘の女御の側仕えなら、その機会はある。

 宮中にさえ、あの女のそばに人形を置くことさえできれば、それでだけで良かったのです。


 あの子は、自分が置いたものが呪詛に使う人形だったなんて、思いもしていないでしょう。

 だから、あの子が火事に巻き込まれてしまったのは、きっとただの偶然なのですよ。

 こんなに早く、人形が見つかるなんて思っていませんでした。


 わたくしも、驚いているのですよ。

 あの女が中宮としてあそこにいる限り、あなたの身にどんな恐ろしいことが起こるか、想像しただけでおかしくなりそうでした。

 

 ですから、わたくしは母として、あなたのためにやったことなのです


 * * *


「撫子、あなたなら、わかってくれるでしょう? わたくしの娘ですもの。わたくしは、なんとしてもあの女の手からあなたを守りたかったのです。今度こそ、紅玉領から正室を……皇后となる姫を出さなければ、いずれ、何もかも瑠璃領のものになってしまう。立場上、一番弱いのはこの紅玉領であることは、あなたもわかっているでしょう?」


 母は自分のしたことを全て私に話し終えると、私の頬を撫でた。


 臭い。

 本当に、ひどい臭いだ。


 そう思うのに、私はその場から動けなかった。


 母の言う通り、そんな恐ろしいことをする女が中宮様であるなら、確かに私は妃選びで何をされるかわからない。

 同じ瑠璃領出身の姫を正室にしようと、あれこれやってくるに違いない。

 でも、このままでは、本当に母が中宮様を呪ったのであれば、宮中で妃選びが始まる前に、私はどうなる?

 

 まだ始まってもいないのに、私を妃候補から外す、格好の餌食にされてしまう。

 競い合う前に、すでに負けてしまっていることになる。

 このことが知られてしまったら、側室にすら選ばれなくなる。


 呪詛なんて、大罪だ。

 それも、母の場合一度目は冤罪でも、真実を知らない人たちからしたら、二度目ということになる。

 

 いや、待って……色々試したと言っていなかった?

 それなら、もっと繰り返してる。

 そんなことが知られたら、そうしたら、今度こそ紅玉領は……————


「姫様、このことを知っているのは、北の方様とわたしだけなのです。当主様も、他の女房たちも知らないことなのです。どうか、このまま、呪詛には関わりがないことにしてはいただけないでしょうか?」


 考えを巡らせていた私に、梓が何度も何度も頭を下げながらそう言った。


 知っているのは、ここにいる三人だけ。

 隠せばいい。


 証拠となるこの人形だって、全部、どこかに捨てて、知らぬ存ぜぬを通せば……


「あの希彦とかいうお方に、どうか話さないでください。その方が、姫様のためにもよろしいでしょう?」


 希彦————そうだ、隠せるだろうか。

 あの男は、私には視えない、何かが視えているようだった。

 帝が、直々に調べるようにとこちらへ派遣するような男だ。


 宮中へ確認したいことがあると言っていたが、その確認が終わったらまた紅玉領に戻ってくるような口ぶりだった。


「お願いです。姫様。どうか、どうか……」

「撫子、わたくしからもお願いするわ。誰にも、このことは言わないで」

「…………」


 それまでに、この祭壇が見つかったら?

 証拠となる人形がこの屋敷にあること知られたら?


「…………母上、その呪詛は、どのくらいで効果が出ますか?」

「え……? 対象となる人物の近くに人形があればあるだけ、早く効果が出るとは言われていますけれど……」


 希彦は、あの人形を持っている。


「呪文を、教えてください」


 気づかれる前に、帝に真相を伝える前に、どうにかしなければ……


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