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痘痕の光  作者: 星来香文子
紅玉の祭壇

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擬傷(五)

 梓が語ったのは、紅玉領とは全く違う、瑠璃領の厳しい内情だった。


「わたしは、瑠璃領の中級貴族の家に生まれました。そして、裳着を終えた後は瑠璃領出身の姫の女房となるはずでした――――」


 * * *


 瑠璃領の当主は、紅玉領や翡翠領とは違い、世襲制です。

 娘を東宮の正室————つまり、のちに皇后となる姫を輩出した家が、帝在位の間、当主家となるのです。

 だからこそ、姫自身の素質や努力も必要ではありますが、お支えする女房の質も問われるのです。


 下級貴族の出であれば、その候補に選ばれる確率はかなり低いですし、中級貴族の出であれば、場合によっては女房ではなく妃候補に選ばれる可能性もありました。

 わたしは父が幼い頃に流行病で亡くなっておりましたので、母とわたしは生活のためにあの女————紫苑しおんの姫の屋敷で召抱えられることになりました。


 父は元来、当主の座を狙うような性格ではありませんでしたから、きっと生きていたとしても、同じだったかもしれませんが……

 妃選びには基本的に乳母と、姫と年齢の近い娘の二人が女房として帯同します。

 そこは、他領でも同じだと思いますが、瑠璃領ではその女房になるためにも選抜の試験があるのです。

 わたしも、その試験に参加しておりました。


 最終候補に残ったのは、わたしともう二人の女童でした。

 まだ十歳になるかならないかくらいの頃だったと思います。


 すでに妃候補に内定していた紫苑の姫と、わたしたち三人の女童は年齢が近かったということもあり、大人がいないところでは主従関係もなく、砕けた口調で語り合う、親友のような仲だったのです。


 わたしは他の二人より後からその輪の中に入ったのですが、新参者のわたしにも皆優しく接してくれていました。

 ですが、ある日のことです。

 当時の帝が、お忍びで瑠璃領に視察にいらしたのです。


 帝はわれわれが住んでいた屋敷にお立ち寄りになり、護衛の他に、鈍色の狩衣姿の男装していた女も連れていました。

 猫のような大きな瞳————ああ、今思えば、先ほどお見えになった希彦様に似ていたかもしれません。

 どこかで見た顔だと思っていたんですが、今思い出しました。


 ……とにかく、その男装の女は不思議なことをよく知っている人で、紫苑の姫は彼女から色々なことを教わっていました。

 その中に、呪術があったのです。


 呪術に興味を持った紫苑の姫は、教わった呪術をわたしたち女童に対して行いました。

 「本当にできるか確かめたいの」と言って、きらきらと瞳を輝かせながら。


 少し怖くはありましたが、皆、ゆくゆくは女房に選ばれたいと思っておりましたので、拒否することなく従いました。

 それがどんなに危険なものであったなんて、全く知らずに、紫苑の姫の機嫌を損ねないように勤めました。

 しかし、そのせいか、紫苑の姫はより一層、呪術の魅力の虜となられてしまったのです。


 呪術の中には、火や刀、毒を使うものもありました。

 紫苑の姫は、それらをわたしたちの体で試したのです。


 この腕も、その時のものです。

 日に日に過激になって生き、いつの間にか、わたしだけがその呪術を試す道具になっていたのです。

 それがあまりに恐ろしくて、耐えかねて逃げ出しました。


 このままでは、呪術で殺されてしまうと、身の危険を感じていました。

あの女にはもう二度と、近づきたくなかったのです。

とにかく必死に逃げて、飲まず食わずで紅玉領に辿り着いた時、わたしを拾ってくださったのが、芦乃様でした。



 そうして、今はこうして、このお屋敷で下女として働かせていただいているのです。

 ですから、先の妃選びで、そんな人が呪詛にかけられたと聞いて、わたしはまったく信じられませんでした。



 * * *


「————あの女は、呪詛を跳ね返す術も知っています。そんな人間が、呪詛のせいで体調を崩すなど、ありえないことです」


 梓はきっぱりとそう言った。


「あの女は、実に狡猾なのですよ。表では気の弱い、男が守ってあげたくなるような女を演じ、裏では誰よりも恐ろしいことをしている。そういう女なのです」

「そんな……」


 中宮様は、なんて恐ろしい人だろう。

 呪術だなんて、そんな人が、この国の国母だなんて————


「……あ、梓! ちょっといいかしら!」


 突然、室内から女房に名前を呼ばれ、二人でそちらを向くと、年長の女房が梓を呼んでいた。

 どうやら、私の姿は物陰に隠れてしまっていて、あちら側からは見えていないようだった。


「急ぎで頼みたいことがあるの!」


 私が気にせず女房の方へ行くように促すと、梓は一礼してから駆け足で女房の方へ向かった。

 梓の話を聞いて、私はやはり茜も母も、関係がないのだと確信した。

 先の妃選びでのことも、母は利用されただけなのだ。


 私はなんて親不孝者だろう。

 本当に心から今までの態度が申し訳なくて……せめて、今からでも、母に優しく接しよう。


 そう思って、井戸の淵に置かれたままの桶を手にとった。

 きっと母は梓が水を変えてくるのを待っているだろうし、梓の代わりに桶に水を汲み、母がいる離れに向かった。


「母上、この水は————……」


 それなのに、どうして母が、あの人形を持っているのだろう。

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