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痘痕の光  作者: 星来香文子
紅玉の祭壇

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嫌疑(三)


「呪詛……?」


 母はそう聞き返し、眉根を寄せる。

 突然朝廷からやってきた自分の子供ほどの若い男に、偉そうに訊ねられたからではない。

 呪詛という言葉自体が、母にとっての禁句なのだ。

 皆それがわかっていて、母の前では口に出さないようにして来た。


 妃選びで宮中を追い出された原因であり、母は呪詛などしていないと主張しても、取り合ってもらえなかったらしい。

 いつもあの女————つまりは、現在の中宮様が仕組んだことだと恨んでいた。

 だが母が呪詛をしていた証拠はあるが、それも中宮様が仕組んだ偽物であると主張しても、それが偽物であるという証拠は一切なかったそうだ。


「わたくしは、そのような恐ろしいことはしておりません。まだそういう認識をされているのですか、朝廷の方々は」

「あなたが無罪を主張していたとは聞いている」


 希彦はそう前置きをして、それでも無罪だとはっきり言える証拠が揃っていないため仕方のないことだと話を続けた。


「たとえ、本当にあなたは呪詛などしていなかったとしても、あなたが使っていた部屋に()()()()があり、そこにあった人形と同じものが中宮様の部屋に密かに置かれていたというのは事実だ。呪詛ではなかったにしろ、祭壇を作ったのは、夕顔殿だと聞いている」

「ええ、確かに、あの祭壇を作ったのはわたくしです。しかし、あれは決して、誰かを呪おうと作ったものではありません。妃選びがつつがく終わるようにと願いを込めて作ったものです」

「だから、それを誰に教わって作ったのか。それを聞きたい」


 私は母と希彦の口から出て来た例の祭壇という部分に引っかかった。

 母が呪詛をしていたという話は聞いたことがある。

 呪いの人形を中宮様の使っていた部屋に忍ばせ、呪詛をかけていたというのは聞いているが、祭壇のことは初耳だった。


「それが普通の呪いの人形であれば、誰もあなたを疑いはしなかった。あの女童も、嫌疑をかけられることはなかっただろう。だが……」


 希彦は懐から手のひらほどの大きさの包みを取り出した。

 模様かと思ったが、よく見れば白い布に墨で文字がびっしりと文字が書かれている。

 それを母に見える位置で開くと、中から木を掘って作られた両腕両足のある人形が出てきた。


 胴体より頭の方が大きく、形が良いとは正直言えたものではないが、頭部が猫の耳のように尖っていた。

 人間の体に猫の頭をつけたような、そんな特徴的な形をした人形だ。

 顔には、楕円の紅玉が二つ埋め込まれていて、それが目のようにきらりと怪しく光る。


「赤い紅玉の瞳を持つ、猫の顔をした人形。中宮様の話では、これとまるっきり同じものが、先の妃選びの際、あなたの手によって置かれたと聞いている。あなたが作った祭壇に置いてあった人形と同じだった。毎日拝んでいたと聞いている。見覚えが全くないわけではないだろう?」

「……」


 母はしばらく黙って、その人形をじっと見つめていたが、ふっと、どこか穏やかな表情をして言った。


「確かに、わたくしが知っているものと同じ作りをしているようですが……それが、何になると言うのでしょう? わたくしは、その人形の作り方を他の誰にも教えたことはありません。作り方をわたしに教えた母も、わたくしがこの当主家に嫁いだ頃に他界しております」


 それが代々、母の生家に伝わるものであるということを知ったのも、この時が初めてのことだった。

 祖母は私が生まれる前に死んでいるし、祖父とはほとんど話をしたことがない。

 母方の親類との交流も、ほぼないに等しい。


「確かに、わたくしは無実の罪でわたくしを宮中から追い出した者を恨んではいますが、見ての通り、この体です。何もできるはずがないではありませんか。きっと、その人形の作り方を知っている別の誰かの仕業でしょう。わたくしには、一切、関係のないことです」


 きっぱりとそう言い切って、母は笑ってみせる。

 痘痕だらけの顔で作った笑顔は、あまりに醜いものであったが、私が記憶している美しかった頃の母の面影は確かにの残っていて、なぜか心がざわつく。


「では、その他の誰かに心当たりはないか?」

 希彦はそこで引き下がることなく、そう訊ねる。

「そうですねぇ……作り方を知っているとすれば……————」


 しかし、その心当たりの人物を述べようと口を開いた瞬間、母は突然激しく咳き込み、それ以上、話ができなくなってしまった。

 久しぶりに誰かと話をして、無理をしたせいだろう。梓の指示で別の下女が医師を呼びに走って行った足音が遠ざかる。


「申し訳ありません、姫様。これ以上は……」


 母の背中をさすりながら、梓は首を振った。母の咳は止まらず、慣れた手つきで母の前に空の桶が置かれる。

 私はすぐに御簾を下ろして、希彦の視界を遮った。母が吐いている様子を見せるわけにはいかない。


「後ほど、落ち着いたら聞いておきます。希彦様、今は、このくらいに」

「……そうだな。仕方があるまい」


 希彦は手早く人形を包み直すと、また懐にしまった。


「だが、あまり時間がないのだ。帝からは早急に犯人を見つけるように言われている。撫子殿……」

「なんでしょう?」

「どうやら、この屋敷で一番まともなのはあなたのようだ。手伝ってはくれないだろうか?」

「何を?」

「中宮様を呪い殺そうとした犯人探しに決まっているだろう?」


 希彦はにやにやと笑いながら、私に協力を頼んだ。

 


 このまま、犯人がわからず、茜が犯人となってしまえば茜を宮中に入れた当主家の問題になってしまう。

 そうなれば、春から始まる東宮の妃選びに支障をきたす可能性があることは明白だった。


「……もちろんです。無実の茜を犯人にされては、私も困りますからね」


 ただでさえ、母が宮中を追い出された一件のせいか、紅玉領の女は恐ろしいと噂になっている。

 正妻に私が選ばれることはおそらくないだろうが、側室にもなれなければ、今度こそ紅玉領は終わると言われている。


 私が、なんとかしなければ……


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