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痘痕の光  作者: 星来香文子
翡翠の簪

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捜索(五)

 後になって思えば、それはおかしなことであったのだが、妃選びまで残り一ヶ月もなく、葵はその違和感に気づけなかった。

 いや、気づいていないことにしたのだ。

 新たに用意しなければならない衣や道具の納品が遅れていたり、そもそも手配すら忘れていたり、やることが山ほどあった。

 ただでさえ、他の妃候補との間に大きな差があるように思えて、この差を埋めるために全力を尽くす必要があったのだ。


「今日も行けないの?」

「はい、申し訳ありません。この天気ですから……願掛けは、雨が上がってからにいたしましょう。その間、姫さまはこちらの書物をお読みになってください。妃選びの際、きっと役に立つと思います」

「そう……」


 山寺へ行く予定が押したことも、その忙しさの一因となっていた。

 当主家専属の陰陽師が出した、山寺へ行くのにふさわしい吉日がことごとく天候不良により取りやめになり、忙しなく準備に奔走する女房たちと違って、桜子は雨が降るたびに大きなため息を吐いて、部屋にこもりがちになる。

 葵の代わりに、山寺への同行に小梅が行くことに決まったのは、妃選びが始まる五日前で、お役目の為、葵は数人の下女と一緒に都へ行く直前だった。


「葵は、いけないの?」

「はい。わたしはこれから姫さまが安心して、あちらでお過ごしいただけるように準備を整えなければなりません。これは妃選びの際、姫さまのお付きの女房となるわたしがしなくてはならない決まりですので」

「でも……!!」


 追い縋る桜子を、葵はそんな簡単なことも出来ないのかと内心苛立ちながら、笑顔でいなす。


「ただ経を読むだけのことです。それくらい、姫さまにだってできますでしょう?」


 どうぞ姫さまは、姫さまのお役目を果たしてください、と言って葵は屋敷を出る。その声色は、思いのほか冷たいものであったが、葵はそのことに気づいていない。


「————……に」


 桜子が遠ざかる葵に向かって、何か言ったような気がしたが、その時は聞き流した。とにかく時間がないのと、利吉が言っていたような焦りを桜子から感じないことに苛立っていたのだ。


 ————どれだけ時間をかけて、あなたを皇后にしようとして来たと思っているのかしら。直前で姿を消すなんて、あり得ない。

 まさか、自らいなくなったなんてことはないわよね?

 もしそうなら、なんて馬鹿なことをしたのかしら。


 最後に見た桜子の姿を思い出しながら、葵はそう思ってしまった。


 ————ああ、こんなことなら、逆だったら良かったのに。

 わたしが、姫さまだったら良かったのに……!!



 * * *



「え……?」


 手にしていた経典の文字が、ぼやけて見えなくなっていることに気がついて、葵は経を読むのをめてしまった。

 目がおかしくなったのかと、何度か瞬きをしたが、余計見えなくなる。

 奇妙な光が、葵の体を包んでいた。


「まさか、この光って————……」


 小梅が片目を失った光と同じではないだろうかと、恐怖を感じ、葵は目をぎゅっと閉じた。

 というより、光が眩しすぎて開けていられなくなったのだ。

 光とともに、生暖かい何かを体に感じる。御堂の外で風に揺れていた木々の音も、鳥のさえずりも、若い僧侶たちの会話も聞こえなくなった。

 光が治ると、自分の鼓動の音しか聞こえない、静寂の中に自分がいることに気がつく。


 何が起こっているのか恐る恐る目を開けると、正面にあった観音菩薩だけを残して、床も壁も天井も、教本も指南書も何にもない。ただ、真っ暗な空間だった。


「なに……? これ?」


 自分と、観音菩薩だけの空間。それ以外に何もないのだから、それを見るしかなかった。


 ————何これ、何これ何これ何これ何これ何これ


 目を開いても、まったく状況がわからなくて、葵は焦る。これからどうすればいいのか、さっぱりわからない。

 一生、この謎の空間から出られないのではないかという恐怖で、唯一聞こえている自分の鼓動が早く大きくなっていく。


 ————もしかして、わたし、死んだ?


 そんな考えが頭を掠めた瞬間、


「————葵!」


 今度は突然、後ろから聞きなれた声がした。

 桜子の声だ。

 振り返ると、確かにそこに、桜子の姿があった。


 誰よりも美しい。

 真っ暗な夜空に光り輝く月のように、ぴかぴかと光を放っていた。

 猫のような目をした男と一緒に、そこにいた。



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