王子による尋問と禁書1
同じ学生でも、こんなにも待遇が違うのか。
セドリックの部屋を訪ねて、ジェーンが最初に思ったのはそれだった。
毛足の長い絨毯が敷かれた応接間。瀟洒な飾りの入ったキャビネットに、壁に飾られた絵画。
花瓶の花は誰が手入れしているのだろう。従者だろうか。
何よりも、廊下を抜けた先の応接室には、複数の重そうな扉がついている。
ジェーンの部屋は入ってすぐにリビング兼寝室だ。
従者用の小部屋とトイレ、シャワーはついているが。
学生寮というと、ひとつの部屋に二段ベッドのようなイメージが備わっていたから、それでも豪華だと思っていた。
しかし、この部屋はグレードが違い過ぎる。
「従者たちは別室に下がらせている。
改めて話を聞かせてもらえないだろうか」
つまりは、複数人の従者がいるわけだ。おそらく護衛もいるのだろう。
それはそうか、なにせ王子だものな。
オーク材で作られたテーブルに、ふかふかのソファ。
正面のセドリックは神妙な面持ちでそう切り出した。彼の隣にはアルフレッドが座している。
ジェーンの後ろにはメアリーが控えていた。
男性の部屋に行くということで、同行を申し出てくれたのだ。
話を、と言われても、何をどこまで話していいものか迷い、口を引き結んでしまった。
緊張しているのが伝わったのか、セドリックは安心させるように微笑んだ。
「尋問しているのではないから、起きた順に、何を思ったのか話してほしい」
「はい……」
返事はしたものの、すぐに服毒だと判断してしまったため、まずそこを説明するのが難しい。
アルフレッドが助け船のように切り出した。
「あのときは……私の父と、君と、ノーサム伯爵家の子息、そして私で話をしていましたね。
父だけはワインを、私たちはぶとうジュースを飲んだ。
しばらくすると父の様子に異変が生じ、苦しみ出した」
セドリックがうなずいて、後を引き取る。
「そして、ジェーン嬢が倒れたミドルトン公爵に駆け寄り、喉に指を突き入れ、嘔吐させたんだったね」
その口ぶりからすると、何度も聞かされているようだ。
「呪いの水を飲んだ人間に、それを吐かせるという対応は聞いたことがなかった。
どうしてそう動いたのか、聞きたかったのだが……そもそも君は、呪いの水ではないと感じたと。
それはどうしてだい?」
ジェーンは膝の上に置いた拳を固く握りしめる。
「……毒、というものをご存じですか?」
「毒?」
セドリックがオウム返しする。
やはり、この世界に毒という概念はないようだ。
どう話したものだろう。
「はい。薬のようなものですが、体に良い反応を引き起こすのではなく、悪い反応を引き起こすものです。
さまざまな種類があります。
致死量を盛られていたとしたら、体が吸収する前に、吐き出させるほうがいいと判断しました。
専門外なので、仮説のままでしたが、動かずにはいられませんでした。
そのことは申し訳ありません」
異端だと思われるかもしれない。
この世界に魔女裁判のようなものがあれば、無慈悲に罰せられるかもしれない。
だけど、それしか説明のしようがない。
「…………」
セドリックは腕を組んでしばし何かを考えているようだった。
処罰を受けるのなら、早くそう判断してほしい。気が気ではない。
「次の質問に移ろう。
君はわき目も振らずに犯人を特定した。
しかも明確に捕縛に成功した。君のような少女に、なぜそんなことができたのかい?」
(あぁ、終わったな)
ジェーンは肩を落とした。それこそ刑事時代に培った職業病だ。
だが、前世などというバカげたものを話したところで、信じてもらえる保証はない。
「たまたま、給仕係の身体的特徴を覚えていたのです。
捕まえられたのは、必死だったからです」
セドリックは柔和な笑みを引っ込め、値踏みするように、ジェーンをまじまじと見つめた。
ジェーンは顔を伏せて、審判のときを待つ。
「……これが最後の質問だ」
急に冷たくなった声音に、ジェーンの背筋にぞわりと悪寒が走る。
「ミドルトン公爵は、我が国の交易の要にあたる領地を治めている。
彼が死亡したとなれば、我が国の経済は混乱を招くだろう。
君は、女性でありながら靴を脱ぎ、足に怪我を負ってまで犯人を捕らえたそうだね。
――それは、恩を売るためか?」
さすがにこれには、カッと頭に血が上った。
「そんなわけありません!
目の前で苦しんでいる人を放っておけませんし、罪を犯した人間を野放しにできるわけないじゃないですか!」
ジェーンの荒らげた声が、静かな部屋に響き渡る。
セドリックの紺色の硬質な瞳と、ジェーンの薄茶色の瞳が無言のままぶつかり合う。
どちらも引く気配はない。
ジェーンの後ろで、メアリーがごくりと唾を飲み込んだ。
圧力の掛かったような時間が、ゆっくりと時を刻む。
「言ったではありませんか」
その破裂しそうな空気を破ったのは、アルフレッドだった。
「彼女に忖度はありません。私はそう確信しています」
セドリックは友人のほうを向き、「負けだ」と言わんばかりに瞳を閉じた。
「ジェーン嬢、気を悪くしたなら詫びよう。
もう少し話をしたい。待っていてくれるか」
肯定を待たずに、セドリックは立ち上がると、ひとつの扉に入って行った。
姿が見えなくなったことで、ジェーンも少しだけ体を弛緩させる。
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