魔法学園の入寮日2
「……何、ここ?」
だだっ広い石造りの空間。
だが、壁や天井のところどころにはキラキラとした石が埋め込まれている。
魔法石だ。淡い燐光は幻想的ともいえる。
その床に、いくつもの魔法陣が描かれていた。
入寮生たちなのだろう。大荷物を携えた人であふれかえっている。
「お嬢様、後ろが詰まりますから、まずは魔法陣から出ましょう」
「あ、はい」
メアリーに促され、ジェーンは足早に魔法陣から離れた。
台車を押すメアリーの後ろを、興味津々といった具合にキョロキョロと辺りを見回しながらついて行く。
「魔法学園は生徒数も多いので、こうやってまとまった移動設備があるのです。
重要施設にも施されていると聞いたことがあります。
身分の高い方は、そうやって移動なさるのだとか」
「へぇ。奥が深いわねぇ」
「はい。ですが、ノーサム伯爵邸でもそうだったように、普段は閉鎖されています。
自由に開放されれいるのは、入寮日や長期休暇の初日と最終日のみです」
「うふふ」
「……どうしました?」
急に笑い出したジェーンに、メアリーは首だけ振り返る。
「メアリーがいると心強いと思ったの。先輩だものね。
田舎者だから慣れないことも多いんじゃないかと不安だったのよ」
「……そう、ですか」
石造りの施設を出ると、回廊に続いていた。
左手に広がる中庭には芝生が敷かれ、中央には噴水。
植木や花壇が施され、ベンチも置いてある。
ちょっとした公園のようだ。
雲ひとつない空が高く広がっていて気持ちがいい……はずなのだが。
「なに、あの人だかり……」
制服に身を包んだ生徒たちがわらわらと集まり、回廊を行く新入生たちをつぶさに観察している。
いや、品定めといったところか。
「ああいうのはウンザリするわ」
ジェーンは素直にそう吐き出した。メアリーもため息交じりに応じる。
「毎年の恒例行事です。
といっても、今年は特に多くなりそうですけれど……」
言葉を濁すメアリーに、ジェーンは先を促そうとトコトコと近づいた。
「彼らは愚かですね。一般生徒用の移動施設から出てくるはずがありません」
ずいぶんと思わせぶりな言い回しだ。
大物でも入学するのだろうか。
その途端に、中庭が色めきだった。みんなが一斉に移動施設のほうを向き、口々に何か発している。
噂をすれば影というやつだろうか。
ジェーンも視線が集まる先を振り返った。
「あ……」
陽光を受けて、彫刻のような肌がきらめいている。
三カ月前に会ったときと変わらない。ミドルトン公爵家のアルフレッドだ。
なるほど。国の南東部に位置する大都市、交易の要となるミドルトン領は、それでなくとも注目の的。
そのうえあの美貌だ。噂になるのもうなずける。
(うむ。面識はあるが、この注目の中で関わり合いにはなりたくない。
ひとまず気づかなかったことにしよう)
ジェーンはすぐさま前に向き直った。
だが、後ろから小走りに駆けてくる音が聞こえる。
「ご無沙汰しております。ジェーン嬢」
(ここで話しかけないでよ!)
案の定、中庭の視線が追いかけて来る。
衆人環視の中で声をかけられた手前、無視もできない。
ジェーンはゆっくりと振り返り、マナー通りのお辞儀をした。
「お久しゅうございます。アルフレッド様」
「この日を楽しみにしていました。その後、お怪我は大丈夫ですか?」
「お気遣いありがとうございます。特に問題ございません」
「……あの、どうかお顔を上げてください」
親しくもないし、身分差もある。何より目立ちたくない。
この視線も臓腑に来るから下を向いていたのに、格上がそれを言うか。
ジェーンはおずおずと顔を上げ、姿勢を正した。
エメラルドのような瞳と目が合うと、アルフレッドの口角がほのかに上がった。
「…………」
だけど微笑むだけで、何も言ってこない。
(話すことがないなら引き留めないでほしかった!)
「あ、あの。お父上のご容体は……?」
何とか場を取り繕うために、ジェーンから切り出す。
「元気にしていますよ。君のおかげです」
「いえいえ。あのときは咄嗟に動いてしまっただけで、聖女様のお力かと」
紋切り型の会話しかできないのに、あまり長く一緒にいたくない。
「ジェーンお嬢様、荷解きの時間もございますので……」
見かねたメアリーがそっと割って入った。
「そうね。明日からの準備をしないと。
それではアルフレッド様、ご機嫌よう」
もう一度お辞儀をして、ジェーンはメアリーにくっつくようにいそいそと歩みを進めた。
「メアリーありがとう~。私、本当に目立つの苦手で」
「アルフレッド様と面識がおありなのですね。
もっと面倒くさ……名高い方も今年ご入学なので、お気をつけたほうが良いかと」
面倒くさいと言おうとしたな。
意外と腹に一物を抱えているタイプなのかもしれない。
「それって、聞いておかなくていい話?」
メアリーはしばし逡巡したあと、
「明日になればわかりますよ」
とだけ答えた。




