魔法学園の入寮日1
足の怪我が治るまでは暇を持て余していたが、何かにつけてレイヴンが見舞いにやって来たので飽きることはなかった。
入学までに無事に完治し、逮捕術の訓練も上々。
入寮日の当日には、ノーサム伯爵夫妻やレイヴンだけでなく、ジェーンの両親、マクファーレン夫妻も見送りにやって来た。
「しっかり頑張るのよ、ジェーン」
「ノーサム伯爵たちの期待に応えるんだぞ」
今生の別れというわけでもないのに、両親にはがっしりと抱かれてしまう。
「わかってるわよ」
「姉さ……ジェーン、たくさん連絡するからね。
ジェーンは……び、美人なんだから、ふらふらと男の人に付いて行ったらだめだからね」
姉さんと呼びたいところ、実の両親の手前、我慢しているレイヴンもいじらしい。
お世辞を覚え始めたのも、着々と男性として成長しているのが見て取れる。
「レイヴンは相変わらず心配性ね。ありがとう」
ノーサム伯爵夫妻も言葉をかけてくれる。
「世界は広い。私たちのことは気にせず、たくさん学んできなさい」
「そうね。体には気をつけて。無理はしちゃだめよ」
「旦那様、奥様、ありがとうございます。
私のような者に、ここまでしていただいて」
ジェーンが言うと、両親も深々と頭を下げた。
魔法学園の入学にあたって、侍女をつけてくれた。
本来なら侍女や従者を連れて行けるのは上位貴族や裕福な家の子女だけだ。
レイヴンが「入学するならせめて侍女をつけてほしい」とかけ合うと、既に手配してくれていた。
至れり尽くせり。何と礼を言っていいかわからない。
「行って参ります。ノーサム伯爵の名前を汚さないよう、精進いたします!」
ジェーンはピンと背筋を伸ばし、眩しいほどに笑って見せた。
各々泣いたり笑ったりと表情が忙しなかったが、愛されている、と感じられて心が温かくなる。
前世ではひょんな退場をしてしまった。
将来どうなるかなんて何も見えないが、この人たちを悲しませることだけはしない。
それだけは誓おう。
「メアリーさん、行きましょう」
「はい。ジェーンお嬢様。ですが、メアリーとお呼びください」
侍女のお仕着せを着たメアリーは淡々と言うと、荷物を積んだ台車を押し始めた。
ノーサム伯爵邸の奥。
転移魔方陣の描かれた建物の中に入る。
五行の魔法以外にも、強い魔法はこうやって魔法陣を描くことで云云かんぬん……ということはぼんやりと習ったが、いまいち理解できていない。
そういうものだ、と割り切った。
魔法陣から光が立ち昇り、あっという間に壁のように区切られてしまった。
「すごい。こんなふうになるのね」
エレベーターの箱のようだ。
「はい。普段ならすぐに王都に出られるのですが……おそらく転移先が混んでいるのでしょう。
少し時間が掛かっていますね」
「メアリーは魔法に詳しいのね?」
「私も昨年まで魔法学園に通っておりました」
「そうなの!
あら。でもそれなら、どうしてノーサム伯爵家に?」
「私は平民の出なのです。
強い力は持っているのですが、光魔法は使えず、聖女にはなれませんでした。
それで、学園の伝手でノーサム伯爵家に採用していたき、この度ジェーンお嬢様のお世話を仰せつかりました」
メアリーの話に、ジェーンはしばし考えてしまう。
「やっぱり、女性って職に就くのは難しいわよね……」
メアリーはきょとんとしてジェーンを見つめる。
「お嬢様は貴族なのですから、ご結婚なさるのでは?」
「結婚!?」
考えてもみなかったことだ。
「はい。魔法学園はご婚約者様と親交を深める場も兼ねているかと」
「そうは言うけど、私に婚約者なんていないわよ。
貴族といっても下級貴族。
ノーサム伯爵家にお世話にはなっているけど、私の家と縁戚になって得する家なんてないわ」
「…………」
メアリーは顎に手を当ててぼそりと呟く。
「これは、レイヴン様も難儀ですね」
何のことかと聞こうとしたタイミングで、光の壁がすぅっと引いていった。




