毒草畑に迫る光
久しぶりの更新となりました!
キリの悪いところで止まっていましたが、クライマックス目前です!
「この沼を渡れば、ジェーンお嬢様が……」
雲に覆われる対岸を見つめて、メアリーはぼそりと呟いた。
自分なら島を殲滅できる。王族のセドリック相手に、そう啖呵を切ったものの、緊張していないといえば嘘になる。
あの島にどれだけの人間が生活しているのかわからない。
メアリーにとって、ジェーンとニーナを助け出せれば、そのほかの人物がどうなろうと知ったことではない。
だけど、ジェーン本人はそれを望まないはず。
悲しませることはしたくない。
彼女の意志に従いたい。
「どれだけ大変なことになるのかしら」
背中が強張るのを感じる。
ゆるりと細く息を吐いて、メアリーは下半身に力を込め、地面を蹴った。
土煙が上がり、衝撃の強い風が近くの木がメキメキと音を立てる。
一瞬にして、メアリーは対岸にストンと降り立った。
振り返ると、元の岸辺は地面が窪み、近くの木々が不自然に倒れていた。
自身の手を見つめて、開いて閉じてを繰り返す。
「本気で使うと、本当に殲滅させてしまいそう。
気をつけないと」
顔を上げ、自分が禿山にした跡を眺めた。雨粒が頬を打つ。
「通信機の魔力を追えば、辿り着けるはず」
意志を固めるように拳を握りしめ、メアリーは高く飛び上がった。
*
爆発音に続いて、ガラガラガラと何かが崩れるような音。
大木の下で雨宿りをするジェーンとニーナは、目を見合わせた。
「ジェーン様、今、遠くで何か聞こえましたよね」
「そうね。あまり穏やかじゃない音が」
短く答えて、ジェーンはフードの下から音のした方角を見据えた。
雑木林の木々や建物に阻まれ、様子は何もわからない。
「一度、中に戻りま……」
言いかけたジェーンは口を噤んだ。
後を追っていた女性たちが、慌てて扉に駆け込んで行ったのだ。
彼女たちにとっても、予定外の緊急事態らしい。
ただ、扉のこちら側は無人になったと捉えていいだろう。
「ごめんなさい。戻るのは後。
先にあの人たちが向かったところへ行くわよ」
「は、はい!」
走り出すジェーンのあとを、ニーナが追いかける。
足元はベチャベチャとぬかるんでいて、今にも滑ってしまいそうだ。
ジェーンがチラリと振り返ると、ニーナは緊張した面持ちをしていた。
「大丈夫よ。たぶん、今は誰にも見つからないし、それなら咎められることもない。
欲しいのは情報。そうでしょう?」
「はい」
ニーナは神妙にうなずく。
「だったら、この先に何があるのが、確かめれば手掛かりになるかもしれない」
ニーナはローブの袂を捲し上げながら、もう一度、しっかりと首肯した。
「頼りにしてるわ。商人の目利き」
「は、はい!」
女性たちが残した足跡は、建物の壁に沿って続いていた。
道が開けると、そこには整地された広い畑。
前世でいうところの、テニスコート四面分くらいはありそうだ。
区画に踏み入れる前に、二人は足を止めた。
「思いのほか、想像通りね」
「想像通り?」
ニーナの質問には答えず、ジェーンは作業場に置きっぱなしになった籠に歩み寄った。
雨に濡れないようにするためか、上から藁を被せてある。ご丁寧なことだ。
バサリ、と取り払うと、ジェーンは肩を落とした。
魔法陣で封じられた場所で、隠されるように栽培されている植物。
「言ったでしょ。麻の一種、大麻の栽培よ」
「……呪いの植物」
「えぇ。そういうことになるわね」
さて、どこまでニーナに話したものか。
ジェーンは口元に手を当てて考えた。
禁書に大麻の記録はあっただろうか。
もし、あったとしたら、どうして封印されたはずの植物が、この島で栽培されているのか。
自給自足を絵に描いたような島の生活。
金銭目的ではないだろう。
マインドコントロール目的で、島内で使われていると推察するのが妥当なところだ。
この島は治外法権。
だけど、〝呪い〟が、この島からクラーク領に持ち込まれているとしたら、それを理由に摘発することは……。
ジェーンは渋い顔で、頭を振った。
心配そうに、ニーナが「ジェーン様?」と覗き込んでくる。
誘拐事件を黙認しているような有様だ。
毒草を栽培しているからといって、手出しなんかしないだろう。
「なんて怠慢――ッ」
「え?」
苦々しく吐き捨てるジェーンに、ニーナはびくりと身を引いた。
「ごめん、気にしないで。
あらためて、この国での動きようのなさに腹が立ったの」
バツが悪そうに顔を上げて取り繕う。
大きく息を吸いながら、振り返って畑をぐるりと見回した。
「この畑、処分したいわね」
「処分ですか?」
「えぇ。これは〝呪い〟の元凶。
この島の人たちにとっても、良いことなんて一つもないわ」
ジェーンは低い声で言い切った。
今度はニーナが首を傾げながら、うーん、と唸り出す。
「雨が降っていなければ、燃やすこともできたでしょうけれど……」
「え。この敷地全部?」
また出た。圧倒的な魔力の暴力。
「あぁぁ、でも待って。燃やすのって大丈夫だったかしら。
栽培からどうやって毒にするかまでの工程なんて知らないから……燃やしてるあいだに、呪いが広がることも、あり得るかも」
「そうなのですね。ジェーン様は本当に呪いにお詳しいですね」
「ま、まあね」
笑顔で誤魔化そうとして、頬がピクピクと引きつってしまった。
「とりあえず、あの老婆に進言してみるしかないかしら。
私が……認める気はないけど、〈真の聖女〉だということにして、その……なんていうのかしら。託宣として、みたいな形?」
オロオロし始めたジェーンと相対して、ニーナは畑を見分するように、スッと目を細めた。
「商人の勘ですが、おそらく、この島の要はこの畑なのでしょう。
それであれば、いくらジェーン様の託宣だとしても、受け入れるかどうか……」
言われてみると、それはそうだ。
天秤にかけたところで、あまりにも分が悪い。
「けど、この植物は、なんとしても処理しなきゃ……!」
もどかしくも訴えかけると、建物のほうから、また地鳴りのような音が響いた。
女性たちの悲鳴も上がり、けたたましく叫ぶ怒声も近づいてくる。
ジェーンは、とっさに籠から収穫した葉を掴んでローブに仕舞うと、ニーナを庇うように背中に隠した。
音が、どんどん迫ってくる。
下半身に力を込めて、警戒態勢を取った。
素早く周囲に視線を走らせる。
隠れられそうな場所はない。
だけど、作業台の物陰なら、ニーナ一人くらいは見つからないで済むだろうか。
それにしても――
「いったい何が起こっているの?」
ジェーンがつぶやくと、天が光った。
魔法のエネルギーだ。
扉の辺りで膨れ上がると、石が砕ける音が地面を通して臓腑を揺らす。
「ニーナ、あなたはその物陰に隠れて」
「え、え、でも……」
「いいから!」
問答のあいだに、光はこの畑への道筋を貫いた。
「とにかく、狙いは私たちよ!」




