扉の向こう側
扉が閉まる前に、ジェーンとニーナは体を滑り込ませた。
四方が石造りにはなっているが、長い廊下が続いている。
間違いない。きっとここから外に出られるはず。
前を行く人影の足音が、カツンカツンと反響してくる。
ジェーンがそっとブーツを脱ぐと、ニーナもそれに倣った。
石のひんやりと冷たい固さが、足の裏からせり上がってくる。
自ずと前屈みになった。
やがて廊下は右に折れ、重い扉の開閉音とともに光が射した。
足音が止む。
ジェーンは曲がり角に体を寄せ、ニーナを制すると様子をうかがった。
「誰もいないわ」
そう言って、手招きする。
「でも、困ったわね……」
ブーツを持ちながら腕を組み、ジェーンは扉の前へと進み出た。
目の前にあるのは、魔法陣の描かれた扉。
「これ……開くの?」
「私がやってみましょうか?」
「え。魔法陣なんて、まだ習ってないじゃない?」
「メアリーさんのお話で、なんとなく法則は……」
出た。天才の発言。
二人がわきあいあいと話していたのは、ここに来る前夜だけ。
ジェーンが右から左へと聞き流した二人の会話のなかで、そんな話題になっていたのか。
しかも、あの短時間で把握?
乳姉弟のレイヴンもそうだったが、一を言われて十まで把握できたり、見よう見真似でなんとなくできてしまったり、才能の差とはおそろしい。
羨ましい限りである。
とはいえ、異次元の人たちを凡人が理解するのは諦めるとして、今は前に進もう。
「と、とりあえず、お願いできるかしら」
声が引きつってしまう。
ニーナは顎を引くようにうなずくと、おずおずと扉に手をかざした。
周囲のエネルギーが、魔法陣に沿って波打つように揺れるのを感じる。
魔法陣が反応して弱々しくも光り出した。
まさか、本当に開くというのか。
光が強くなるのを、固唾をのんで見つめていると、ズズ……と扉が向こう側へと軋んだ。
生命エネルギーとは違う、陽光が差し込んでくる。
やはり外に出られる通路だったのだ。
「すごい」
感嘆の声が漏れる。
「ジェーン様、閉まる前に」
呆けてしまったジェーンを急かすように、ニーナは前に出た。
この二日で、ずいぶんと頼もしくなったものである。
「そうね」
気を引き締め直して、ジェーンも後に続いた。
*
扉の外は、ただの雑木林が広がっていた。
「外……ではありますよね?」
いぶかしむニーナの声には応じず、ジェーンはブーツを履きながら地面を見つめた。
昨日は雨が降っていた。濡れたままの地面。足跡を辿れば、どっちへ進めばいいかはすぐにわかる。
だが、すぐに追いつくことが正解なのか。
そうなると、後をついてきたことがバレてしまう。
〈真の聖女〉扱いされている状況下では、何かされることはないだろう。
ただ、行動を制限されるのは避けたいところ。
島の立地を見て回ったほうがいいのではないか。
「ジェーン様?」
思考を巡らせるジェーンに、ニーナが問いかけた。
「ちょっと、どうしたものかと思ってね」
「と、仰いますと?」
ジェーンは低い声で、今の考えを説明した。
ニーナも顎に手を当てて、うーん、と唸り出す。
「難しいことはわからないのですが……」
「なに?」
「商いをしていますと、相手の情報というのは、とても大事なのです。
相手が本心では何を望んでいるのか。表面上は良いように言っていても、裏はないのか。
信用に足る人なのか。横のつながりは……。
商人にとって、目の前の利益と、将来的な利益とは、いつも天秤にかけるものです。
もちろん将来的な利益に関しては、そこまでの体力が持つか、という現時点での状況も必要なのですが。
そういったことを踏まえて、交渉に臨みます」
慣れた口調で、ニーナはとつとつと告げる。
なるほど。さすが商人の娘。小さい頃から聞かされ続け、本人の根底に染みついているのだろう。
「じゃあ、今は目の前の利益と、将来的な利益は、どう捉えたほうがいいのかしら?」
「ジェーン様は、最終的に何をお望みですか?」
「え……?」




