香草の仮説
ジェーンは用意された朝食を、「要らない」と断った。
ニーナにも食べないように注意を促す。
不思議そうにするニーナに
「この島の住人が用意したものなんて、怖くて口にできないわ」
と制して、ジェーンは長い赤髪をひとつにまとめた。
服は相変わらず身ぐるみを剥いでしまった子のローブだが、もうフードを被る必要もない。
「お腹がすいたら、何か作らせてもらいましょう。安全な食材はあるはずだから」
「はい。ジェーン様にお任せします」
空腹なんて慣れていないだろうニーナには悪い気がしたが、それこそ〝毒〟を仕込まれている可能性だって捨てきれない。
とはいえ、貴族の端くれとして今生で包丁を握ったことはない。
前世の記憶でうまくできればいいのだけれど。
ジェーンはそんなことを思いつつ、ニーナを連れて中庭へとやって来た。
曇天の下、すでにいそいそと仕事に従事している女性は多い。
畑仕事、薪割り、火の管理……。
いったい何人がこの島に暮らしているのだろうか。
側を通るたびに「〈真の聖女〉様」と声をかけられ、居心地が悪いったらない。それでも、あの老婆を中心として、現状ジェーンたちに危害を加える気がないのはひと安心だ。
畑の一つひとつに目を配らせていく。
「自給自足のようですね。
皆さん働き者のようですし、しっかりと世話も行き届いているようですが」
「そうみたいね」
目当てのものは、ここにはない。
「島の地図なんかがあれば便利なんだけどね……」
「何を探していらっしゃるのですか?」
ニーナの問いに、ジェーンは言葉に詰まった。
だが、ここまで付き合ってくれた彼女に、ずっと説明しないことにも罪悪感はある。
ジェーンは周りを見回し、聞き耳を立てる人がいないことを確認してから、ニーナに耳打ちした。
「麻よ」
「麻?」
ニーナは自分の着ているローブをちょんちょんと摘まんだ。
「たしかに、麻の栽培はしていそうですが……」
そう。麻について教えてくれたのはニーナだった。
ローブの仕立てが悪い、と。
そのときに感じた嫌な予感は、ところどころに点在する甘く濁った香りで、確信に変わっていった。
ポケットにしまった、香草の燃えカスを取り出して見せる。
「これも麻の一種なの。だけど、体には悪い影響を及ぼすのよ。
高揚感をもたらしたり、痛みを緩和することもあるけれど……接種し過ぎると、精神に異常をきたすこともある。幻覚が見えたりね」
「え。そうなんですか?」
「そうよ。思考力や判断力が落ちたところに、この島の妄言を聞いたらどうなると思う?」
「…………」
ニーナは答えなかった。
うまく理解できていないのかもしれない。
まったく、この世界の言葉でなんと伝えたらいいのだ。
マインドコントロール……? いや、違う。
「洗脳よ」
「洗の……!?」
ギョッとして、ニーナは声を上げそうになり、慌てて口をつぐんだ。
「そう。だから、この島に連れて来られた子たちは、自分の意志とは関係なく……いえ、すでに自分の意志として、この島の成り立ちが正しく、クラーク領を敵視している可能性もある。そんなの、許されることじゃないわ」
「あのお風呂も、甘く濁った匂いがしました」
ジェーンはハッと顔を上げる。
「そういえば、あのお風呂、咄嗟に任せちゃったけど、湯気を吸ったりはしなかった?」
ニーナは小刻みに首を横に振った。
「だ、大丈夫です。大慌てだったので、すぐに凍らせましたから!」
「そう、よかった」
心から安堵して、深い吐息が漏れる。
「それにしても、中庭にはなさそうね」
広がっているのは、小麦や野菜の畑ばかり。
ニーナは広い屋敷と塀に囲まれた向こうへ首を伸ばした。
「森林のほうへ行けば、様子も変わるのでしょうか?」
「ん~……」
それはそうなのだが、上陸してから屋敷までの一本道しかわからない。
この屋敷から外に出るには、どう動けばいいのだろうか。
ジェーンはぐるりと中庭を見渡した。
「あら……」
空の籠を持って、扉の向こうに消えていく背中がある。
空の籠――
何かを採集に行くと見ていいのではないか。
こんな朝早くから、洗濯物を取りに行くなんて可能性もないだろう。
いずれにせよ、中庭から外へと続く道があるはずだ。だったら、ついて行くほかない。
「ニーナさん、行くわよ」
言いしなに、ジェーンは足早に歩き出した。尾行するように、足音を忍ばせながら……。




