表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

53/58

島の真実

 老婆に案内されたのは、館の三階にあった。

 三階とはいいよう、階段は長く、倍ほどの高さがありそうだ。

 十代半ばの二人が軽く息切れしているというのに、老婆にそんな気配はない。


「まったく、軟弱者が」

 荘厳な扉の前で振り返り、老婆は吐き捨てる。


「こんな階段、聞いてないわよ」

「口の減らない小娘だ」

「あーあーごめんなさいね」


 ジェーンはウンザリしながら言い捨てた。

 老婆は、フンッと鼻を鳴らす。杖を扉に当てると、きしみ音を立てながら、扉は向こう側へと開いていった。


「すごい、魔法で開くのね」


 感嘆の声を上げるジェーンを無視して、老婆は進んで行く。


 中に入ると、壁にはびっしりと壁画が彫られていた。


 空、大地、人、湖、島、地底……。


「この島の歴史?」

「そうだ」


 老婆は右側の壁面を杖で示した。


 いわく――


 五百年前、この島に人は住んでおらず、誰もが山に囲まれた盆地に居住地を構えていた。

 土地の名前もない。

 木々や洞窟のあいまに暮らすのみ。食事は狩猟と山菜や木の実の収穫だった。

 そんな折、どこからともなく、ひとりの少女が現れる。


 ジェーンは壁画の女性を見上げた。

 天に描かれた人物が、その人のようだ。


 少女は住人の知らない知恵や知識で、人々の暮らしを助けることになる。

 あばら家だった家屋は、木造に変わり、水路を設けて田畑を作ることになる。

 水源が潤沢だったことで、安定的な食糧を得られるようになった。


(ここまでは、よくある神話と歴史の境目のような話だけど……)


「ところがだ。

 かの国……ローデンベルクにこの土地が見つかってしまった」


「見つかった?」


 険しくなった老婆の声に、ジェーンはその横顔を見つめる。

 瞳孔の濁った、年相応の眼で、老婆はぐっと顎を引く。


「この土地は、かの国の土地の中にあり、王族に知られぬ場所だった。

 我らにとっては、違う国よ。

 だが、奴らは自分たちのしきたりを押しつけてきた」


「でも、ここはローデンベルクにとって大切な……聖女の総本山といわれる場所なんでしょう?」


 老婆はジェーンの疑問を無視して、壁画沿いに歩みを進める。

 そこに描かれていたのは、二つに分かれた人々の姿だ。


「聖女……か。

 聖女とはいったいなんなのか。

 かの国には光魔法を持つ者はいなかった」


「え……?」


「我らにとって〈真の聖女〉は、我らを導き少女のみよ。

 光魔法など関係ない。だが……」


 カツン――

 老婆が杖で壁面を叩いた。

 ジェーンもニーナも、肩を強張らせる。


「かの国は光魔法の存在を知り手中に収めようとした。

 そして、奴らに下らない者たちへの見せしめとして、我らのような光魔法を持たぬ者たちを異端として、島流しにした」


 老婆の目が、にわかに色めきだった。

 ジェーンは生唾を呑み込む。


「〈真の聖女〉は、何もしなかったの……?」


 老婆は細くて長い息をつき、杖の先で壁面を示した。


「その頃には、我らの〈真の聖女〉は天に召されていた」


 それもそうか。

 未開拓の地を切り開き、家々を建て、生活基盤を変える。

 それだけでも、数十年は経っただろう。


「我らの……というと?」

「初代の聖女と入れ替わるように、かの国に異なる理を持つオンナが現れた。

 その者のせいで、この山々に囲まれた土地は見つかってしまったのだ」


 測量や地理的な知識を持っていたのか。それとも、また別の……?

 異なる(ことわり)とひと言でまとめようにも、多岐にわたる。


 ジェーンは壁面をゆっくりと眺めていった。


 いかだに乗せられ、島に送られる女性たち。


 少女……女性が亡くなったあと、島流しに遭った人たちはここを拠点に生活の基盤を築いた。

 元の地と同じように、開墾し、居住地を作り、田畑を耕し……。

 この島での集会の様子も描かれていた。


「女手だけでは、大変だったでしょうね」


 その頃の辛苦に思いを馳せながら、開放的な窓を通り過ぎる。


 暗い空の中、雲の切れ間から月の光が中庭を照らす。

 四方を建物が囲み、等間隔に灯篭もともっている。


 そこでは、畑を中心に、倉庫が軒を連ね、かまどの近くに薪が詰んであった。

 とても悪魔の住処だなんて思えない、穏やかな光景。


 入り口から左。反対側の壁面に着くと、様相は変わり始めた。


 田畑の食物が首をもたげ、人々は地面に倒れ伏している。

 続きには、湖へと身を投じる人々。


「これは……」

「土地が荒れ、飢餓が生じた」

「口減らしで仲間を殺したの?」

「違う」


 老婆はジェーンをきつく睨んだ。


「彼女たちこそ、我らを救った礎よ。

 聖なる母体となり、土地はよみがえった」


「……」


 それは違う、と言いたいところを、ジェーンは押し黙った。

 老婆は熱を帯びたように続ける。


「〈真の聖女〉は、たびたび現れる。

 教えによれば、土地を痩せさせないために必要な儀式なのだ。


 そして、かの地は、まもなく滅びる。


 我らは同族を、光魔法などというまやかしを持たぬ少女を、この島へと救い出しているだけだ」


 まったくもって、ただの詭弁(きべん)にしか聞こえない。


 滅びるってなんだ。

 同族……引き離された家族や友人は、だったらなんだというのだ。


 すべて言い返してやりたい。


 だけど、今は敵地の真っただ中。


 慎重にならなくては。


 冷めた感情を覚えていると、老婆は杖をジェーンに突きつけた。


「お主は、かの地と我ら、どちらの味方だ」

 ジェーンは半眼になって、見開かれた瞳を見返す。


「知らないわ。そんなの」

 反射的に答えてしまった。

 横目で、半歩後ろについてきたニーナをうかがう。


「私はローデンベルク全体のことも、クラーク領も、この島のこともよく知らない。

 けれど、あなたの説明で、少しだけこの島がどういう土地なのかはわかったわ」


(倫理観的には、どれもこれも腐ってるけど)


「むしろ、私はあなたが期待するような存在なのかしら?」


「〈真の聖女〉は、世の理を転変する軸だ。

 歴史の転換期には必ず存在する。そして、周りに強大な力を持つ者が集まる」


「それは聞いたことがあるけど、だからって私に何を求めてるの?」

「我らの故郷を取り返す」

「…………」


 呆れて、ものが言えない。


 こんな島と、ローデンベルクのような一国が、争えるわけがない。

 なのに、やけに自信満々なのだから、信仰とは怖いものだ。


 それに……。


 この島に来てから感じる、あの甘くて濁った匂い。

 それがどうにも引っかかる。


「すぐには答えられないわ。

 陽が昇ってから、また話をさせて」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ