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潜入がバレた

「……まさかのノックアウト」


 氷が頭に直撃したらしく、係の者はその場に伸びていた。


 念のため脈を確認するも、キッチリと拍動している。

 瞳の混濁もないので問題ないだろう。


「これ、私がやっちゃったんですね……」

「き、気にすることじゃないわよ」


 落ち込むニーナに声をかけるが、荒事に慣れていないのか、戸惑っている。


「えっと、治療して、眠らせてあげたら?」

「そうします」


 いい子だ。


 ニーナが魔法をかけているあいだに、ジェーンは凍った元の湯を確認する。


 といっても、匂いを嗅ぐくらいしかできないが。


「ジェーン様、そのお湯はなんなのですか?」


 問われて、どう答えたものか迷った。

 あらかた確信はある。だけど検証はできないし、物証もない。

 この世界で通じる論とは思えない。


「まだ、なんとも。どう解決するかも見えていない」

「え。これまで無計画だったんですか?」


 ニーナはあんぐりと口を開けた。


「そうよ。内部事情がまったくわからなかったし、まずは入ってみないことにはね」


 ため息をつくニーナに、ジェーンは後ろめたさを覚えた。


「後悔してる? ついて来たこと」

「いいえ、それは違います」

「そう。ならよかった」


 退路はあの一本道のみ。

 何かあったとしても、ニーナだけは無事に返さなくては。

 これから打つ手をひとつずつ挙げていく。


「やらなきゃいけないのは、物証探し。

 檻の子たちを解放して、あの老婆の捕縛ができたらいいけど……。


 手荒なことをしたら反乱どころか、一気に狙われておしまい。

 標的が何人いるかもわからないし、私の魔法は戦力にならないでしょうね」


「ご自分で戦力外とわかっていながら、一人で乗り込もうとしたのですか……」


 痛いところを突かれて、思わず口を真一文字に引き結ぶ。

 無謀なのはわかっていたが、それでも権力者が動かないなら、一人ででも行くしかないと腹をくくったのだ。


 ジェーンはローブのすき間から耳元を掻いた。

 ごまかすように、自論を続ける。


「あと、今お風呂に入ってる子たちだけど……」

「はい」

「あの子たち、ここ数年で攫われた子なんじゃないかしら」

「え?」


 ジェーンは着ているローブをちょんちょんと摘まんだ。


「これを拝借した子の顔を見たんだけど、ずいぶん若かった。私たちと同じくらい。

 標的になるのは、十歳から十五歳くらいでしょ。


 檻に入れて恐怖心から服従させて、やがて自らの思考を放棄……いいえ、思考能力を低下させて精神崩壊させる。


 ミイラ取りがミイラになる、とは違うけど、そうやって兵隊を集めてるわけよ」


 ニーナは黙り込んでしまった。


「遺体が上がった子のことを『聖なる母体』とも呼んでいた。

 私たちが広間にいたときの老婆の話、覚えてる?」


「たしかに、次の母体って言ってました」

「すべて憶測でしかないけど、つじつまは合うと思うの」


「いったいどうしたら……」


「ひとつは、明日の夜まで待つ。

 そうしたら、また対岸に渡るはず。そこで彼女たちを説き伏せる。


 けど、今日だって、彼女たちは逃げることはできた。


 逃げないのは、そう植え付けられているからよ。

 だとしたら……」


「だとしたら?」


 恐怖心による支配やねじ曲がった信仰心はそうたやすく覆らない。


 だけど、――に支配されている部分なら、光魔法での浄化は可能かもしれない。

 一か八か。


「ニーナさんが協力してくれるなら、いけるかも」

「わ、私にできることなら――!」

「なら、やるわよ――一カ所ずつ、着実にね」



「モウデキマセン、ワタシ!」


 脱衣所で、ジェーンはフードをぎゅうと押し下げ、うずくまって訴えかけた。

 ただし、棒読みで。


 女の子たちから、再び罵詈雑言が飛んでくる。


 そのあいだに、ニーナが扉の外から手を差し入れた。

 淡い光が、脱衣所に一気に広がる。生命力に満ちた、ニーナの光魔法。


「な、なに、あったかい」

「心がすくようだわ」


 途端に、女の子たちはとろんとした表情になり、その場に座りこんだ。

 殺気立っていた気配は立ち消え、年相応の血色が頬に戻っている。


 よかった。


 もし離脱症状が出たなら、苦しめることになる。光魔法とは本当に便利だ。


 みんな、心地よさそうに眠ってしまった。


「睡眠魔法もかけたの?」

 ジェーンは立ち上がりながら、振り向き様に問いかける。


「いいえ。おそらく私の力が強かったのかな、と」

「出た。規格外」


「ジェーン様にだけは言われたくありません」

「あら、言うようになったわね」


 肩をすくめて、小さく笑う。


「さあ、次に行くわよ」

「はい」


 どこも似たような造りになっていて、来た道が判別しづらい。


 だけど、ぽうっとした明かりのおかげで、しだいに大広間の方角を判別できた。


 足音を殺して近づき、壁に背を当てながら中を覗くと、あの老婆や従者たちの姿はなかった。


「行くわよ」ジェーンが言って、ニーナと二人で檻のところへと前傾姿勢で一目散に駆けつける。


 檻の中の子たちは、怯えたように後ずさった。

 ジェーンは押さえた声で、口早に言った。


「あなたたち、クラーク領の子よね。助けに来たの」


 女の子たちはおずおずと顔を見合わせる。


「ニーナさん、開けられそう?」

「開きました」


 見ると、南京錠はぐにゃりと歪んでいた。

 開いたというより、破壊した、といったほうが正しい。


「あとは……」


 檻のそばで焚かれていた香草をハンカチにくるんで、ローブの下、元から着ていたワンピースのポケットにしまう。


 これで物証は押さえたはず。この国に検証方法なんてないけれど、『禁書』とすり合わせれば、ある程度の証拠能力として機能するだろう。


「さあ、早く出て。出口までは一本道だけど、迷わないで行けるわよね」


 ジェーンが扉を開け放つも、女の子たちは動かない。

 すっかり生気をそがれてしまっている。


(DV被害者と一緒ね)


 恐ろしい目に遭ったからこそ、逃げることすら恐怖を覚える。

 はたから見たらあり得ない状況なのに、心理的安全がそこにあると、いや、逃げたらもっと酷い目に遭うと思い込んでいるのだ。


「一緒に行きましょうか?」


 ジェーンは檻の中に半身を入れて、手を伸ばした。

 中の三人は身を寄せ合って目をつぶった。


「ジェーン様、もしかして……」


 ニーナが言うには、試験か何かと勘違いしているのではないか、と。


 どういうことかと思ったが、忠誠をはかるために、一度わざと裏切るよう仕向ける人がいるのだとか。


 ふと、脳裏に金髪縦ロールが思い浮かんだが、すぐに追いやることにした。


「そう。信じてもらえないなら、長居は私たちが危険ね。

 けど、この子たちにもさっきの子たちと同じ〝まやかし〟がかかっているはず。

 浄化をお願い」


「はい」


 場所を変わると、ニーナは手際よく檻の中に光魔法を充填した。


 今度は力をセーブしたのか、彼女たちが眠りにつくことはなかった。


 むしろ、憑き物が落ちたようなスッキリした顔をしている。


「あ、あの……」

 一人が声を上擦らせた。

「本当に、外に出ていいのですか?」


「そのために来たのよ」


 途端に、その子の瞳からハラハラと涙が零れ落ちる。


「泣いてる暇はないの。早く行って」


 急き立てると、ようやくつま先を扉のほうへと一歩進めた。

 よかった。お願い。無事に辿り着いて。


「何をしている!!」


 ところが、しわがれた老婆の声が、広間中を恐怖の谷底へと叩き落とした。

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