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潜入捜査

 昼間の戦闘で、メアリーが薙ぎ払った林の一部は、すっかり崩れ落ちていた。

 そこを迂回して、一行は林の奥へと進んで行く。


 ぼんやりとした明かりが見えたかと思うと、しばらくして眼前に石を積み上げた塀が広がった。


 高さは五メートルほどだろうか。


 目を細めるも、暗くて、細部までは把握できない。


 だけど、ここが住人たちの居住区と考えていいだろう。


 塀に備え付けられた扉をくぐると、点々と灯篭が灯る廊下に続いていた。


(一本道だとしたら、逃走は困難ね)


 ニーナを連れて来てよかったのか、不安が胸に押し寄せる。


 廊下の先は、煌々とまぶしくなっていた。


 甘い香りが漂ってくる。

 扉のない大広間のようだ。


 先頭の女の子が「戻りました」と短く言って、ほかの子たちは無言のまま後に続く。


 その場の光景に、ジェーンは思わず息を呑みそうになった。


 中央に燃え盛る炎。


 その正面に立つのは、昼間の老婆だ。後ろには同じローブ姿の従者たちが、十人ほど。


 それはいい。


 だが、右手には、鉄格子のはまった小部屋があり、三人の女の子が身を寄せ合っている。


「収穫はなしか」


 老婆が苛立たしげに杖で床を突く。

 ガツンという音が、威圧的に聞こえた。


「申し訳ありません」

「聖なる母体が盗まれた今、役に立たない者は、その身をささげるしかない。

 次はお前か」


 言いしなに杖を振り上げると、先頭の女の子の頬をぶった。

 体が跳ねて、石の床に全身を打ち付ける。


「明日こそは」


「ふん。口だけ達者な役立たずは要らん。

 よいか、お前たち。我らを虐げ、虚飾の栄光を掲げる偽の聖女を一掃せねばならぬのだ。

 そのためには、力を蓄えなければならぬ」


 老婆は檻に近づき、またも杖で鉄格子をなぶった。

 広間中に金属音が木霊し、中の女の子たちは恐怖に身を縮ませる。


「お前らが崇めた土地は、邪心の土地よ。

 我らの先祖を恐れ、島流しにした悪党の集団だ。

 それがどれだけ罪深いか、今にわかるだろう。

 〈真の聖女〉は、我らのものなのだ」


 そういう教えを説いているのか。

 この集団がどういう存在なのか、ジェーンはぼんやりと把握した。


 異教徒、違う信仰、ただそれだけ。

 相容れないから、見て見ぬふりをする。


 そして、片方は憎しみを募らせ、叶わぬ理想のために暴挙に出る。


 愚かだ。

 どっちも愚かだ。


 この規模で、ローデンベルクに勝てるはずがない。

 この規模を、ローデンベルクが一掃できないはずがない。


(ぶっ潰す)


 ジェーンは袖の中で、ぎゅっと拳を握った。


 老婆は周りに指示を出し、檻の前で香草を焚かせた。

 甘く濁った香りが漂ってくる。


 鼻がひくつき、前世の記憶を呼び起こす。

 係が違ったから、そうそうお目にかかったことはない。だけど、この匂いには覚えがある。


(やっぱり、そういうことね……)

「お前らはとっととその身を清めてこい」


 その一言で、ジェーンたちの集団はゾロゾロと広間をあとにした。


 どう動くべきか、まずは状況を把握したほうがいいだろう。

 集団が向かう先から、湿度の高い空気が流れてきた。


(これは、お風呂……?)


 またも嫌な予感に、脊髄のあたりがざわついてくる。


 赤髪を見られたら、一発でバレてしまう。


 何よりも、湯船にもきっと、香草が仕込まれているはず。

 だとしたら、ニーナも、この集団の女の子たちも、入浴させるわけにはいかない。


 ジェーンはニーナのローブをちょんとつまむと、囁き声で話しかけた。


「ねえ、湯船のお湯を変えるのに、何分かかる?」


 ニーナは前を見据えたまま、ぐっと顎を引いた。


 振り返らないのは、悪くない判断だ。

 魔法だけでなく、その冷静さも意外と頼りになるかもしれない。


「量に寄りますが、五分……いえ、三分あれば」


 さすがだ。


「じゃあ、私が気を引くから、お願い」

「わかりました」


 案の定、向かった先は風呂場だった。

 さて。どうやって気を引こうか。


(ええい。出たとこ勝負だ)


 バッチーン――

 ジェーンは盛大に転んでみせた。


「いったぁ……」

「あなた、何をやっているの!」


 先頭の女の子が振り返り、集団のあいまを乱暴に抜けて近づいて来た。

 列が崩れた隙に、ニーナは風呂場へと駆けていく。


「あなたみたいな愚図がいるから、私たちが迷惑するのよ!」

 ジェーンは反論せず、床に膝をついたまま「うぅ……」とだけ声を漏らした。


「甘えないでよ!」


 胸倉を掴まれた。


 まずい。髪を見られたら、入れ替わりに気づかれてしまう。

 正面からフードを強く引っ張り、すっぽりと覆い隠す。


 顔をガードしたからか、殴られることはなく、そのまま後ろへと押し倒された。

 ちょうどいい。ジェーンはうずくまって、すすり泣く真似をした。


「泣いたってどうにもならないでしょうが!」

「そうよ。私たちはここで〈真の聖女〉とともに生きていくのよ」

「いい加減、俗世の習わしなんか捨てなさい」


 四方八方から罵詈雑言が浴びせられる。


 こんな日常を送っていたら、精神に異常をきたしてしまう。


 まったく以てよろしくない。


「あなたみたいな子に、聖なる湯殿はもったいないわ」

「本当よ。聖母様の恩情に感謝なさい」


(聖母様、それがあの老婆?)


 ここで問うのはおかしい。


「行きましょう」


 先頭の女の子が踵を返すと、ほかの子もゾロゾロと続いた。


 ニーナは間に合っただろうか。

 態勢を変えないまま、フードの下からそっと前方をうかがう。

 小さな体が、こちらに向かって駆けてきた。


「ジェーン様!」

「ニーナさん、うまくいったのね!」

「はい。ギリギリでしたが、入れ違いに」


 既に張ってあった湯量は多く、流して捨てるには時間がかかる。

 窓がついていたため、凍らせて外へ放り投げ、代わりに湯を溜めたそうだ。


「すごい。お見事ね」


 風呂焚きが得意だと話していたニーナなら、やってくれると信じていた。

 限られた時間内で、機転も利く。

 なんとも心強い味方だ。


 二人が湯殿の様子をチラリとうかがうと、女の子たちは不思議そうに顔を見合わせていた。


「なんだか、いつもと気分が違う」

「力が湧いてこないわ」


 そんな声が天井に反響する。

 ジェーンは身を引いてから、「やっぱりね」と呟いた。


「外の様子も気になるわ。行きましょう」


 湯殿の隣には扉がついていた。

 おそらく、これが外につながっているはず。


 風呂焚き係がその場にいたら、氷が降ってくるなんて何事かと怪しんだかもしれない。

 だが、その心配は無用だった。

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