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潜入開始

 雨は小雨程度になっている。


 ポツポツと頬に触れる雨粒は不快だが、動けないほどではない。


 ただ、暗闇で整地されていないぬかるんだ道を歩くのには、神経を使った。


 例の湖畔に辿り着くと、ジェーンは林の中に身を潜めた。


 できるだけ枝葉の茂った木の下で、雨をよけながら。


 動きはあるだろうか。

 対岸に意識を集中させる。


 ジェーンの予測では、今晩でないにしろ、動きはあるはずだった。


 そして、動きがあれば、対岸に渡ることができる。


 あの水中に埋まった柱は、移動のための設備のはず。


 十分、ニ十分……三十分経った頃に、対岸に明かりが見え始めた。


 松明か、らんたんか。


 十個、つまりは十人分か。


 明かりは上下しながら、水中の柱沿いに動き始める。


「狙いどおり」

「あれ、何をやっているのでしょう?」


 隣から声がして、ジェーンは思わず悲鳴を上げそうになる。

 ぐっと堪えて、聞き慣れた声にささやきかけた。


「ニーナさん、何をやっているの?」

「おひとりでは危険です。お供します」


「メアリーは?」

「睡眠魔法をかけてきました。メアリーさんにどれ程効くかわかりませんが……」


「そ、そう。でも、あなたは帰って。あなたまで何かあったら――」


僭越(せんえつ)ながら、ジェーン様よりは魔法に長けています。

 身ひとつが危険なら、私がいたほうが何かと役に立つかと」


「……言ってくれるわね」


 それでも、たしかにニーナがいてくれるのは心強かった。


「あれは、板を渡しているのよ」

「いた?」

「柱があったの、気づいてた?」


 首を横に振るのを気配で感じた。


「どうして雨季にしか行動しないのか。

 ひとつは痕跡を残しにくいからだと思った。

 けど、もっと重要なのは、湖を渡る距離が短くなるからよ」


「どういうことでしょう?」


「雨季と乾季で、水かさが変わるのはわかるわよね」

「はい。雨季なら増えて、乾季なら減る」


「そう。増えたぶん、両岸の距離は短くなる。

 移動するなら、労力が少ないほうがいいわ」


「そんなに変わるものなのでしょうか?」


「あなたみたに、一瞬で橋を作れる人間ばかりじゃない。

 その証拠に――」


 明かりがこちらに近づき、ジェーンは押し黙った。

 渡って来る、ローブ姿の女性たち。


「ねえニーナさん、最後尾の二人を、音もなく捕らえることってできる?」


 ニーナはしばし逡巡したあと、顎を引くようにうなずいた。


 女性たちが、林を通り過ぎる頃、ニーナはそっと手を前に出した。


 頼んだとおり、最後尾の二人の首がかくんと落ちたかと思うと、倒れる前に中空に浮かせた。

 そのまま、林のほうへと連れてくる。


「お見事」

 ジェーンは言うと、女性のローブに手を掛けた。


「ここなら雨も当たらないから、ひと晩だけ我慢して……」


 あらわになった顔や体躯は、想像よりも、ずっと若い。

 ジェーンと同年代とみていいだろう。

 嫌な予感が、どんどんと積み重なっていく。


「まさか……」

「どうしました?」

「……まだ、仮説ともいえない段階だわ」


 説明はそこで切った。

 ただ、女の子たちの身元が、明かされたら、とんでもなく嫌な気分になるだけだ。


 脱がせたローブに袖を通す。


 ほのかに、濁ったような甘い香りが鼻についた。

 なんとなく覚えがある、粘膜にまとわりつく匂いだ。


「チクチクしますね。このローブ」

 ニーナが不服そうに漏らす。


「たしかに」

 ニーナは生地を確かめるように、指先で摘まんで何度かこすった。


「ジェーン様は慣れないのではないでしょうか。おそらく麻という生地です。

 通気性がいいので南部や南国で好まれるのですが、処理や製法によって、もっと上等な質に仕上がりになるはずです。

 南国では、正装やドレスに用いられることだってあるのに」


 ぷりぷりと文句を言うニーナに、ジェーンは声を上げないよう、喉の奥で笑った。


「どうなさいました?」

「さすが商家の娘さんだと思って。目利きなのね」

「あ……」


 きっと明るいところであれば、その顔は真っ赤になっているだろう。


「恥ずかしがることないわ。むしろ誇りじゃない。

 それにしても、麻、か……」


 あの島の住人は自給自足をしていると考えていいだろう。

 その中で育てている、麻。甘い香り。


(捜査四課か、組織犯罪対策課案件だわ、これ。もしくは、いっそ公安ね)


 本当に、なぜ放置しておくのかが謎である。


「あの島、たぶん相当危険よ。それでも、本当に行く?」

「当たり前です」


 即答するニーナに、ジェーンは口角を上げた。


「上等じゃない」



 一時間後、ジェーンたちは戻って来た集団とともに、即席の橋を渡った。

 最後尾についた二人は、板を一枚ずつ剥がして運ぶという役割も担うことになる。


 板の四隅には等間隔に敷かれた柱にはめ込むためのくぼみがあった。

 外すのには、腕力が要る。


(こんな重労働、年端もいかない女の子にやらせるもんじゃないでしょ)


 という不満を抱きながら。


 それでも、水面下に隠された柱が何に使われていたか、これで理解できた。


 予想はどこまで当たっているのだろうか。


 できるなら、ここにいる女の子たちの身元も含め、外れてほしい。

 ジェーンたちはフードを深く被り、息を潜めて集団に紛れたのだった。

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