魔法の天才を出し抜け
「ダメです。私は殿下に命令されました」
宿に戻るなり、メアリーはどこからか持ってきた椅子に腰かけ、見張りにつくことになった。
ジェーンはニーナと一緒に下段のベッドに座りながら、「逃がさない」オーラをひしひしと受けている最中だ。
へらりと笑って、パタパタと両手を振る。
「メアリーってば、そう気を立てないでよ。
何かやろうってわけじゃないんだから」
「何かやろうとしている方の発言ですよね」
「うっ……」
ジェーンが言いよどむと、メアリーは湿った眼差しを送ってきた。
「そもそもの話に戻るけど、なんでメアリーがいるの?」
「お話ししたではないですか。お嬢様のことですから、西の悪魔に首を突っ込まないとは思えなかったので追ってきました」
「首を……それはともかく、追ってきたっていうのが理解できないのよ」
ジェーンはニーナに目を向けた。
「私たち、馬車で三日もかけて移動したのよ、ねえ?」
「は、はい。ですが……」
「なに?」
「メアリーさんなら、できそうだなと思いまして」
「へ?」
「中空移動なんて、ほとんど見たことがありませんし、ものすごい速さでした。
もしくは、転移魔方陣を仕掛けていたら、可能なのかな、とも」
メアリーは感心したように首を縦に振った。
「あなたですね。今年入学するという噂の女子生徒は」
「噂?」
「はい。私に光魔法が発現しなかったので、『一年待てば、また強大な魔法を持つ女子生徒が入る』と噂されていたのです。
まあ、私は用なし、その子に賭けよう、というわけですね」
「あいっかわらず失礼な魂胆ね」
「あ、あの、私はそんな魔法に長けているとは……」
「あの橋は立派でした」
「そうよ、助かったわ。それに色んな魔法がどーんと使えるじゃない」
「ただ力が大きいだけで、扱いは……」
「謙遜も程ほどにしないと、できない人が落ち込むわ」
「はぁ」
「で。話が戻るけど、追跡はともかく、転移魔方陣というのは?」
ジェーンは改めてメアリーを見据えた。
メアリーはポケットからひとつの石板を取り出す。
「改良した通信機に、転移魔方陣も仕掛けておきました。
ニーナさんのおっしゃるとおりです」
ジェーンは目を丸くして、自分のポケットを探った。
「こ、これに転移魔方陣なんて仕込めるの?
こんなに小さいのに?」
掌サイズどころか、三センチ四方くらいしかない。
「近距離でないと難しいところです。
私も湖畔に潜んでおりました」
ジェーンはくらくらして、ベッドに倒れ込む。
スプリングが利かずに痛い。
「次元が違う……」
手から零れ落ちた石板に、ニーナはキラキラとした目を向け、手に取った。
「これが、通信と転移を兼ねているのですね!
ということは、相手の位置もわかるのでしょうか?」
「もちろんです」
メアリーはぐっと身を乗り出し、指をおいて解説を始めた。
ジェーンにとっては、右から左へといった具合に意味がわからなかったが、ニーナは時おり質問を挟みながら熱心に聞いている。
「天才たちの会話」
ポツリとぼやいて、すねたように体を丸くした。
「メアリーさんのお話、とても興味深いです!」
一方のニーナは、これまでに見せたこともないほど眩しい笑顔を浮かべていた。
「魔法陣が扱えるようになったら、魔力が弱い者でも、もっと快適に過ごせそうです。
今、実家では、私がいなくなって従業員や使用人の負担が増えてしまっていると思うんです。
実家に帰ったら、色んな場所に魔法陣を仕込んで、楽をさせてあげたいです!」
「あ……」
ジェーンの漏らした声と、メアリーの額が曇ったのは同時だった。
「ニーナさん、光魔法が発現したら、実家には戻れません」
淡々と告げられる事実に、ニーナは短く息を呑む。
「そう……でしたね。私ってば、愚かですね。
自分のことしか考えてなくて、社会の制度なんて、何もわかっていないまま入学してしまいました」
ジェーンは身を起こした。
「強制、だったのね」
ニーナは黙ってうなずいた。
「こういうのに遭遇するたび、この国にイライラするわ。
本人の意志や希望は無視。力があるなら国のために行使せよ。
そりゃあ、本人が望んでいれば別にいいわよ。
けど、メアリーもそうだけど、ニーナさんだって聖女になりたいわけじゃないみたいね」
「……聖女が、選ばれた者のみがなれる素晴らしい仕事なのはわかっています」
「教科書どおりの通り一遍の回答なんて、私は求めてないし、それで注意したりしない。
私だって聖女になんてなりたくないし。
絶対に光魔法の発現なんて拒否ってやるんだから」
「え?」
「あら。意外?」
ニーナはこくこくと首を縦に振った。
「けど、あなただってご実家のことなら流暢になるじゃない。
大好きなんでしょ、ご実家の皆さんが?」
問われて、ニーナは唇をゆがめた。目頭がキュッと細くなり、にわかに震え始める。
(あ、これ……)
ぐすり、と鼻をすする音。
「ごめんなさい。泣かせるつもりじゃなかったの」
責めすぎてしまっただろうか。
「いえ。その、そうじゃなくて……」
ぽろぽろと、決壊した涙腺を拭いながら、ニーナは言葉を紡ぐ。
「嬉しくて……」
「嬉しい?」
ジェーンが戸惑っているそばで、メアリーは静かに口角を上げた。
「お気持ちは、わかりますよ。ニーナさん」
「はい……ありがとう、ございます」
「……なに、天才にしか通じない感覚?」
「赤く揺れる太陽に、温められ、ほだされた感覚です」
「メアリーが誌的なことを言うなんて意外」
ついでに、意味がわからない。やはり天才たちにしかわからない感覚なのだろう。
「まあ、傷つけたんじゃないなら、いいんだけど」
「とんでもありません!
私の気持ちをわかってくださったのは、ジェーン様が初めてです!」
「そ、そう」
途端に前のめりになるニーナに、ジェーンは思わず後ずさった。
「あの、もし、私でお役に立てることがあれば、何なりとおっしゃってください」
言われて、ジェーンはピンとひらめいた。
「ありがとう。それなら……」
ベッドから起き上がり、メアリーのそばに立つ。
掌をまっすぐに固めて、その首のつけ根に振り下ろした。
声も立てずに、メアリーはどさりと床に崩れ落ちる。
「ジ、ジェーン様!? メアリーさん!?」
ジェーンはメアリーの体を引きずりながら、ベッドに横たえる。
「メアリーにはしばらく眠っていてもらうわ。彼女がいたら、私は自由に動けないでしょう。
ニーナさんは、メアリーを見張っていてくれない?」
「何を、なさるおつもりで……」
「生きてる子たちを助け出す」
窓の外、遠くを見つめながらキッパリと言い切った。
「ずっと、それをお考えに?」
「当たり前よ。悪魔なんて吹聴して、悪事に見て見ぬふりをする。
そんなの、私の信条に反するわ」
「危険です!」
慌てて声を上げるニーナに、ジェーンは冷めた目を向ける。
「今、危険な目に遭っている女の子たちがいる。
私の身ひとつで、何ができるかわからないけど、ぬくぬくと温かいベッドで眠ることなんてできないわ」
「…………」
「ま、あとはセドリック殿下には、ニーナさんから証言しておいて。
ジェーンが暴れてメアリーを倒して勝手に出ていった、ってね」
格闘術については、アルフレッドあたりなら信じてくれそうだ。
「どうして、そこまで?」
ジェーンは苦笑を漏らした。
「そういう性分なんだもの。
曲がったことは大っ嫌い。
損だし、周りに迷惑はかけちゃうわよね。
できるだけ目立たず、平穏に過ごしたいんだけど……」
この世の理と、自分の質が合わないことは理解し始めている。
特異点。
目立ってしまうのも、仕方ない。
「じゃあ、行ってくるわね」
ジェーンは窓を開け放ち、夜の闇へと紛れていった。
ニーナは目を瞠りながら、強くスカートを握りしめ、ひとつ大きく頷いた。




