明かされた治外法権
ジェーンは背中にメアリーを隠したまま、全員に剣呑な眼差しを向けた。
ダイアナは脅えたように顔を伏せ、ニーナは慣れない状況にかたくなっている。
アルフレッドは心配そうな面持ちで、不敵な笑みで本音を隠したセドリックとジェーンの顔を交互に見やっている。
「西の悪魔……それは、この国、領地が認めていない人間のことですよね。
人でありながら、人でない。悪魔ということにして、線引きをしている。
違いますか?」
ダイアナの肩がびくりと震えた。
「続けたまえ」
セドリックが促す。
「続けるも何も、結局は人の手による犯行です。
なぜ野放しにしているのか、その理由がわかりません。
あのような母娘を見て、胸が痛まないのですか?」
ニーナはぎゅっとスカートを掴んだ。
庶民として、普通の感覚の持ち主なのだろう。
「胸が痛まない、か。国民の悲劇に胸が痛まないわけなかろう」
「それは王族としての建前です。人の心をお忘れなのでは。
さて」
ジェーンはダイアナの持つ書類の束を掴み取った。
「これだけ被害が出ているにもかかわらず、なぜ、なんの制裁も下さないのです?
明らかに犯罪行為ではありませんか!」
ジェーンが声を荒らげると、一同は貝のように閉口した。
「ダイアナ、あなたはこの領主の娘でしょう。
殿下たちより、この土地で何が起こっているのか、知っているはずよね」
「…………」
「領民の安全も守れない領主なんて、何が領主よ!」
ダイアナはカッと顔を上げた。
「よそ者のあなたに何がわかるというの。
やれることはやっているわ。だけど、あの島はね――」
「ダイアナ」
セドリックが低い声で制した。
「箝口令でも敷くつもりですか?」
「君は法も政治もわかっていない」
「えぇ。わかりませんよ。
被害者がまだ生きているかもしれないのに、見て見ぬふりをして、助けにいこうともしないなんて、それのどこが正しい正義なのよ。
そんな法や政治なんて、わかりたくもないわ!」
室内がざわりと揺れた。
「生きている、だと……?」
さすがのセドリックもにわかに動揺を見せた。
ジェーンは書類をめくりながら、畳み掛けるように続ける。
「今回発見された子は、十三カ月前に行方不明になっています。
ですが、死体の腐敗状況からして、死んでからさほど経っていません。
長くても、せいぜい一週間といったところでしょう。
十三カ月のあいだ、生きていたことになります。
では、今月や先月に誘拐された子たちは?
まだ生きている可能性があると考えるのは自然なことではないですか。
なぜあの島のことを語りたがらないのか知りませんが、この子たちを放置することが、許されるのですか」
セドリックは考え込むように腕を組み、目を伏せた。
しばし、回答を待つ。
「あの島へ騎士団を派兵することはできない。
あそこは、我が領土ではない」
「……へ?」
「我々はあの島を捨てた」
「どういう、ことですか?」
「ジェーン、殿下のおっしゃるとおりなの。
あの島は、かつて異端の教徒を追いやった。
そして、この国に、特にこの聖女の総本山がある我が領土に異端児がいることをよしとせず、国土から手放したの。
つまり、あそこは他国。私たちの法もしきたりも通じない。
そんなところに騎士を派遣したら……どうなると思う?」
ダイアナの言葉に、ジェーンは呆然として、セドリックを見返した。
「君は、正義感はあるのかもしれないが、戦争についてはうといな」
「…………」
全身から力が抜けていく。一方で、書類を握る手だけが怒りと無力感に震えた。
「いいえ。ならば、国として向き合わなければならないのではないですか」
これまでの威勢のよさは鳴りを潜め、戸惑いのにじむ声になってしまう。
「要らぬ火種を撒くだけだ」
「だったら、この領土の人間は、蹂躙され放題ですか。
そんなの……」
「もちろん手は打っているわ。
あの湖畔までは我が領土。だから、騎士団も聖女も巡回している」
「それでも被害は抑えられてないじゃない!
これからも出るかもしれない。
明日は我が身、領民たちはそんな不安な想いをしながら日々を過ごさなきゃいけないの!」
「君は短絡的すぎる」
「一般論です。臭い物に蓋をして、悪魔だから仕方ないとまやかしを植え付ける。
そんな政治が正義なのですか」
「すべてがつまびらかになることが、政ではない」
「容認できません」
「君の個人的な意見など求めていない」
「…………」
ジェーンは奥歯を噛みしめた。
「……この子たちは、まだ生きている。
生きて、家族や友達に再会できる。
笑ったり、泣いたり、夢を抱いたり……。
今どんな目に遭っているのかもわからない。
なのに、なんの助けもないなんて……」
前世は、ひょんな形で退場してしまった。だけど、友人の結婚式、幸せそうな二人。
犯人検挙に向けて、仲間と靴底をすり減らし、激論を飛ばし、そんな姿を両親だって誇りに思ってくれていた。
あの世界で、もし生き続けられていたら……。
「あなた方には、この子たちの気持ちなんてわかりません」
突然、常識も何もかも違う世界と交差して、混乱してしまった恐怖。
幼い頃から一緒だったレイヴンや、親切なノーサム伯爵夫妻、おっとりながらも愛情たっぷりに見守ってくれる両親。
みんながいなかったら、どうなっていただろうか。
「私は……」
「個人の感情で、国は動かない。
メアリー・ディラン。ローデンベルク第三王子セドリックから命ずる。
そなたの主人を、一人で自由に行動させるな」
ジェーンの後ろで、メアリーはヒュッと短く息を呑む。
膝をつき、頭を垂れた。
「御意」
「話は以上だ。
この場のことは、講堂を出たら忘れることだ」
取り付く島もない。セドリックは扉を開けると、護衛とともに去ってしまった。
粘度の高い沈黙が、講堂を塞ぐ。
ジェーンはよろよろと棺の元へと歩み寄った。
「十三カ月……あなたは、どんな気持ちで、どんな生活をしていたの……?」
虚無感が全身を覆い、崩れるように棺に身を預けた。
ふっと、温かくて大きな手が、肩に触れた。
「ジェーン、何も力になれず、申し訳ない」
「アルフレッド様……」
「セドの立場を理解してやってくれとは言わない。
だけど、君が必要以上に抱え込む必要はない」
「…………」
「私だって、君の立場を危うくしたくない」
――立場。
(それが、なんだっていうのよ)
ジェーンは反射的に上体を起こした。
ゴチン、と後頭部がアルフレッドの額にぶつかる。
「あぁ、申し訳ありません、アルフレッド様!」
「お気になさらず。それよりも……」
「アルフレッド様のおかげで吹っ切れましたわ。ありがとうございます!」




