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王子の鉄槌

「メアリー!? セドリック殿下、何をなさるのです!」


「そなたは聖女ではない。なぜ聖女を騙った」

「…………」


「選ばれし者でないそなたに、なんの権限がある」


 小刀はジリジリとメアリーの首筋に近づいていく。


 ジェーンは、気づくと床を蹴っていた。

 メアリーとセドリックのあいだに体を滑り込ませ、小刀を握った手をしかと掴む。


「メアリーが何をしたとおっしゃるのですか! おやめください!!」


 離れた位置から、アルフレッドが「セド!」と叫ぶのが聞こえた。


「何をだと? あの母親は、この者を聖女だと思い込んだ。

 慰めを与えられ、この娘の旅路も請け合った。

 聖女にしか許されない所業だ。聖女を騙っておいて、許されると思うのか」


 そうか。

 メアリーが「お許しください」と言ったのは、こうなることを見越していたのか。

 聖女という特別な存在からしか、得られない心の平穏。


 前世だって、警察官でもないのに警察官を名乗る、または誤解されるような言動を取れば罪に問われた。それと一緒なのだろう。


 だけど――


「メアリーは聖女のふりなんてしていません!

 ただ、母親に、一般市民として優しい言葉をかけただけです!」


 セドリックは忌々し気に顔をゆがめた。

 瞳が揺れる。為政者ではない、本人の心情がにじんでいる。


「そんな詭弁(きべん)がとおると思うか。

 ジェーン、君には……」


 そこまで言うと、言葉を切った。

 にわかに、口元に動揺が見える。


 ――押せる。


「メアリーは、『きっと』と申しておりました。

 メアリー自身が導くとは一言も申しておりません。


 それは、自分自身で役割をわかっているからです。


 この子の母親はパニックを起こしていました。

 誰も彼女に慰めの言葉をかけてあげられませんでした。  


 それを、メアリーは率先して動いたのです。

 褒められこそすれ、罪に問われる理由などありません!」


 ぎりっと、掴んだセドリックの手に力を込める。

 王族への反逆と取られるだろうか。それでも、メアリーが悪いことなんて、ひとつもない。


「……手を、離せ」

 ジェーンはすぐには動かない。じっとセドリックの紺色の瞳の奥を探る。

 視線に耐え切れなかったのか、セドリックは瞼を落とした。


「君の侍女には何もしない」

「お約束いただけますか?」

「〝我々〟に二言はない」


 王族の威信にかけて。ジェーンはそう受け取った。


 それでも、メアリーに危害を加えるなら、この手を捻り上げる。

 不審な動きを見逃さないように、ゆっくり、ゆっくりと、手の力を抜いていった。


「そこまで警戒するな」

「そう言われても無理です」


 瞬きひとつせず、小刀を懐に納めるまで、粘着質に視線を這わせる。

 セドリックはサッと両手を上げた。


「約束は守ったぞ」

「…………」


 ジェーンはピリピリとした緊張をあらわにしながら、メアリーの腕を掴んだ。

 そのまま、一気に引っ張り脱兎のごとく逃げを打つ。


 壁際にメアリーを押しつけ、ぎゅうと抱きついた。


「メアリーのバカ! なんであんなこと言ったのよ!

 私が聖女のことなんてよく知らないってわかってるでしょ。


 許してなんて言われても、何をしたいのか、ちっともわからなかったんだから!

 何かあったら、絶対許してあげないんだから!」


 叫びながら、声が震えてきた。


 怖かった、怖かった。


 大切な人を亡くすなんて、絶対にいやだ。


「申し訳あり――」


「ダメ! 許さない! 約束して。無茶しないって!」


 メアリーは、なだめるようにジェーンの頭を撫でた。


「その言葉、そのままそっくりお返しさせていただきたいのですが」


 ジェーンはガバリと顔を上げる。


「私はいいの! 私はみんなを守るんだから!

 でも、だから……私の周りで傷つくなんて許さない!!」

「お嬢様……」


 珍しくバツが悪そうなメアリーに、ジェーンは感情を理性で押さえこめなくなる。


 目から、鼻から、ダラダラとあふれてくる。


 これでは子どもじゃないか。だけど、この体は、まだ子どものままだ。


 メアリーはハンカチでそっと拭ってくれた。


 もう一度、メアリーの胸に飛び込む。

「許さないんだからぁ……」

 うわごとのように繰り返してしまう。ひっく、ひっくと横隔膜がひっくり返る。

「わかりました」「もうしません」「お約束します」


 そのたびに、ジェーンは顔を埋めたまま、何度もうなずいた。


「君を泣かせるつもりは、なかったんだがな……」

 ジェーンの息が落ち着いてきたころ、バツが悪そうにセドリックはぽつりと告げた。


 ジェーンはハッと振り返り、メアリーをかばうように両手を広げて立ちはだかる。

「お嬢様、お立場が逆です」

 そんなメアリーの言葉は無視した。


「メアリー・ディラン。そなたに敵うとは思っていない。安心したまえ。

 だが、聖女のふりは、二度としないことだな」


「承知しました」

 メアリーは膝をついて、厳粛に応じた。


「これで手打ちでいいかな、ジェーン」

「手打ちも何も、セドリック殿下が仕掛けてきたことではありませんか。

 私たちは何もしておりません」


「まったく、君は弁が立ちすぎる」

「…………」


 泣きはらして真っ赤なジェーンの瞳と、凪いだセドリックの紺色の瞳が交差する。

「泣かせるつもりは、なかった」

 繰り返される声が、どこかぎこちない。


「君の涙というのは、なかなか……」


 何が言いたいのだろうか。だけどジェーンは目元をごしごしとぬぐって、キッとセドリックを睨みつけた。


「あなた方が何を隠していらっしゃるのか。私の仮説をお話してもよろしいでしょうか」

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