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悪魔という名の隠ぺい

 あとからやって来たセドリックは、火傷を負ったアルフレッドの顔を見て、少年らしくゲラゲラと大笑いした。


「せっかくの美貌も形無しだな!」


 ジェーンは「悪いことをした」と思いつつも、着替え中に勝手に入って来た怒りと、強い恥ずかしさで、ベッドの隅っこで肩を抱いていた。


 メアリーが壁のように男性たちから立ちふさがり、アルフレッドはアルフレッドで、居心地悪そうに扉に背を預けていた。


 ニーナが、そそそ、と近寄って頬を治療したものの、部屋には気まずい空気が流れていた。


 そんな様子を気にすることなく、セドリックは準備が整ったからと、全員を講堂へと連れ出した。


 廊下を歩くときも、ジェーンは身を隠すようにメアリーの後ろにぴたりとくっつく。


「あの、ジェーン……」

 アルフレッドが声をかけると、メアリーの服をぎゅっと掴み、顔を押し当ててだんまりを決め込んだ。


 メアリーが剣呑にアルフレッドを睨み上げる。


「せめてお詫びをさせてください」

 だが、ジェーンはメアリーの背中に頭をぐりぐりと押しつけて拒否した。

 アルフレッドも、二の句が告げなくなってしまう。


「お嬢様、何かお伝えいたしますか?」


 そう聞いても、ジェーンはまた赤い髪を横にゆるゆると揺らした。


「さようでございますか」

 会話はそれで終了だ。

 講堂へ向かう複数の足音だけが、廊下に響いた。



 天井高くのステンドグラスを、激しい雨が叩いている。

 陽光が入っていれば、中央に置かれた棺にも光がさしただろう。

 しかし、棺は周りにともされたほのかな灯りに照らされるだけで、淋し気にぽつんと取り残されていた。

「エンバーミングが終わった。

 これから、ここ数年のあいだに娘が神隠しに遭った家族に来てもらう」


 セドリックの硬質な声に、ジェーンはようやくメアリーから顔を上げた。


 面通し。


「犠牲者の家族は、捜索願を出していたのですか?」

「捜索願?」

 セドリックに聞き返されてしまう。


「あ……。その、娘さんがいなくなったと、届出はあったのでしょうか……?」

 つい、前世の記憶にある言葉を使ってしまった。


「報告することは、我が領地では義務づけられているわ」

 ダイアナが答える。


「なのに、探さなかったの?」


 直接的な問いに、ダイアナの表情が曇る。


「無駄よ。西の悪魔による神隠しには、手を出せない」

「どういうこと?」


 答えないまま、ダイアナは中央の通路を進み、棺の前で手を合わせた。


 セドリックやアルフレッド、ニーナはそれに続くが、ジェーンは唇を引き結んでその様子を観察した。


 喉の奥に、ぐつぐつとした熱いものが込み上げてくる。


「お嬢様」

 促すようにメアリーが声をかけるが、ジェーンは動かない。


「メアリーは知ってるのよね、西の悪魔のこと?」

「……聞きかじった程度です」


 ジェーンはキッと睨みつけた。


 ハッキリとした答えを聞くまで、動く気になれない。


 メアリーは諦めたように短いため息をつく。


「あの島には、〝人間〟は住んでおりません。

 棲んでいるのは悪魔だといわれています」


「はぁ?」

 責めるような声音になってしまった。


「じゃあ、襲ってきたおばあさんはなんだっていうの?

 おばあさんだけじゃない。何人も……いいえ、人の気配は十や二十どころじゃなかった。

 だいたい、じゃああの子は誰にあんな目に遭わされたっていうのよ!」


 天井の高い講堂内に、ジェーンのヒステリックな声が響く。


 ダイアナが答えた。

「ジェーン、あれは人じゃない。悪魔なのよ」


「またそれなの」

 しびれを切らしたように、ジェーンは通路をズカズカと進んでいく。


 掴みかかりそうな勢いだったが、蓋の開いた棺を前に、理性で行動を押し留める。


 みんなと同じように、棺の前に膝をついた。


 死に化粧のおかげか、年相応の瑞々しさが返ってきたようだった。

 とはいえ、やはり血の気はなく、呼吸もしていない。

 ときを止めてしまった、ひとりの女の子。


 ジェーンは目頭に浮かぶ熱いものを振り払うように、ぐっと歯を食いしばり、祈りをささげた。


 それが終わると、そっとその子の頭を撫でてやる。

「あなたには、いったい何があったっていうの……」


 ほとんど独り言。


 年端もいかない少女が、重石をつけられ水に沈められていた。

 その残忍さが、どうしても許せなかった。


 すっくと立ち上がると、ぐるりと振り返り、セドリックとダイアナの顔をしかと見つめる。


「話していただけないでしょうか。西の悪魔とはなんなのか」


 ダイアナは顎を引くと泳がせ、うかがうようにセドリックに視線を送った。

 ジェーンはセドリックに狙いを定める。


「あの島にいる人たちが、誘拐事件を働いているのですよね?」


「何度も言わせるな。あれは人ではなく悪魔であり、誘拐ではなく神隠しだ」


 にわかに、セドリックの声が低くなった。

 為政者の声がにじみ始める。


「隠しておきたい事実があるのですね」


 挑発的な物言いに、セドリックは唇の片端を上げる。


「何が言いたい」


「悪魔とは、どのように生まれたのですか」


「なるほど。やはり君は勘どころがいいな。

 あるはずのない的を持ち出してくる」


 ジェーンは、鼻のつけ根にしわを寄せた。


 数段飛ばしで、ジェーンにはひとつの可能性に辿り着いていた。


 いる人をないものとし、いたとしても、人を人ならざる者として処理する。


 この領地の民にも、そう思い込ませる。

 思い込んでいるのか、知っていて口を閉ざすような風土になっているのかはわからない。


 だけどきっと、国家ぐるみの、隠ぺい工作。


「そう睨むな。

 ダイアナといったな。君から話してくれ」


 話を振られたダイアナは、弾かれたように顔を上げると、狼狽してみせた。

 だけど、王族の命令に逆らえるわけはない。


「かしこまりました」

 蚊の鳴くような声で応じると、言いづらそうな表情をジェーンに向けた。


「私から話せることは多くないわ。

 雨季になると、悪魔の活動が活発になる。


 だから、毎年、この領土の聖女たちは交代で浄化にあたる。

 魔法学園の遠征もその一端を担ってる。それを知っているのは、限られた人だけ」


 答えのようで、答えになっていない。


「あの島に、悪魔だろうがなんだろうが、この領民に危害を加える者たちがいる。

 それを認識しながら……浄化……。

 つまりは、監視と防衛というわけね」


 ダイアナが唇を噛んだ。


「回りくどい。なんで、犯罪集団がいるとわかっていながら、そんな対策しか取らないのよ」


 ギィ――と、音を立てて、扉が開いた。


 中年の女性がおそるおそる中を覗き込む。

 母親、だろうか。


「この話は終わりだ」

 セドリックは言い捨てると、女性の元へと向かった。

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