悪魔という名の隠ぺい
あとからやって来たセドリックは、火傷を負ったアルフレッドの顔を見て、少年らしくゲラゲラと大笑いした。
「せっかくの美貌も形無しだな!」
ジェーンは「悪いことをした」と思いつつも、着替え中に勝手に入って来た怒りと、強い恥ずかしさで、ベッドの隅っこで肩を抱いていた。
メアリーが壁のように男性たちから立ちふさがり、アルフレッドはアルフレッドで、居心地悪そうに扉に背を預けていた。
ニーナが、そそそ、と近寄って頬を治療したものの、部屋には気まずい空気が流れていた。
そんな様子を気にすることなく、セドリックは準備が整ったからと、全員を講堂へと連れ出した。
廊下を歩くときも、ジェーンは身を隠すようにメアリーの後ろにぴたりとくっつく。
「あの、ジェーン……」
アルフレッドが声をかけると、メアリーの服をぎゅっと掴み、顔を押し当ててだんまりを決め込んだ。
メアリーが剣呑にアルフレッドを睨み上げる。
「せめてお詫びをさせてください」
だが、ジェーンはメアリーの背中に頭をぐりぐりと押しつけて拒否した。
アルフレッドも、二の句が告げなくなってしまう。
「お嬢様、何かお伝えいたしますか?」
そう聞いても、ジェーンはまた赤い髪を横にゆるゆると揺らした。
「さようでございますか」
会話はそれで終了だ。
講堂へ向かう複数の足音だけが、廊下に響いた。
*
天井高くのステンドグラスを、激しい雨が叩いている。
陽光が入っていれば、中央に置かれた棺にも光がさしただろう。
しかし、棺は周りにともされたほのかな灯りに照らされるだけで、淋し気にぽつんと取り残されていた。
「エンバーミングが終わった。
これから、ここ数年のあいだに娘が神隠しに遭った家族に来てもらう」
セドリックの硬質な声に、ジェーンはようやくメアリーから顔を上げた。
面通し。
「犠牲者の家族は、捜索願を出していたのですか?」
「捜索願?」
セドリックに聞き返されてしまう。
「あ……。その、娘さんがいなくなったと、届出はあったのでしょうか……?」
つい、前世の記憶にある言葉を使ってしまった。
「報告することは、我が領地では義務づけられているわ」
ダイアナが答える。
「なのに、探さなかったの?」
直接的な問いに、ダイアナの表情が曇る。
「無駄よ。西の悪魔による神隠しには、手を出せない」
「どういうこと?」
答えないまま、ダイアナは中央の通路を進み、棺の前で手を合わせた。
セドリックやアルフレッド、ニーナはそれに続くが、ジェーンは唇を引き結んでその様子を観察した。
喉の奥に、ぐつぐつとした熱いものが込み上げてくる。
「お嬢様」
促すようにメアリーが声をかけるが、ジェーンは動かない。
「メアリーは知ってるのよね、西の悪魔のこと?」
「……聞きかじった程度です」
ジェーンはキッと睨みつけた。
ハッキリとした答えを聞くまで、動く気になれない。
メアリーは諦めたように短いため息をつく。
「あの島には、〝人間〟は住んでおりません。
棲んでいるのは悪魔だといわれています」
「はぁ?」
責めるような声音になってしまった。
「じゃあ、襲ってきたおばあさんはなんだっていうの?
おばあさんだけじゃない。何人も……いいえ、人の気配は十や二十どころじゃなかった。
だいたい、じゃああの子は誰にあんな目に遭わされたっていうのよ!」
天井の高い講堂内に、ジェーンのヒステリックな声が響く。
ダイアナが答えた。
「ジェーン、あれは人じゃない。悪魔なのよ」
「またそれなの」
しびれを切らしたように、ジェーンは通路をズカズカと進んでいく。
掴みかかりそうな勢いだったが、蓋の開いた棺を前に、理性で行動を押し留める。
みんなと同じように、棺の前に膝をついた。
死に化粧のおかげか、年相応の瑞々しさが返ってきたようだった。
とはいえ、やはり血の気はなく、呼吸もしていない。
ときを止めてしまった、ひとりの女の子。
ジェーンは目頭に浮かぶ熱いものを振り払うように、ぐっと歯を食いしばり、祈りをささげた。
それが終わると、そっとその子の頭を撫でてやる。
「あなたには、いったい何があったっていうの……」
ほとんど独り言。
年端もいかない少女が、重石をつけられ水に沈められていた。
その残忍さが、どうしても許せなかった。
すっくと立ち上がると、ぐるりと振り返り、セドリックとダイアナの顔をしかと見つめる。
「話していただけないでしょうか。西の悪魔とはなんなのか」
ダイアナは顎を引くと泳がせ、うかがうようにセドリックに視線を送った。
ジェーンはセドリックに狙いを定める。
「あの島にいる人たちが、誘拐事件を働いているのですよね?」
「何度も言わせるな。あれは人ではなく悪魔であり、誘拐ではなく神隠しだ」
にわかに、セドリックの声が低くなった。
為政者の声がにじみ始める。
「隠しておきたい事実があるのですね」
挑発的な物言いに、セドリックは唇の片端を上げる。
「何が言いたい」
「悪魔とは、どのように生まれたのですか」
「なるほど。やはり君は勘どころがいいな。
あるはずのない的を持ち出してくる」
ジェーンは、鼻のつけ根にしわを寄せた。
数段飛ばしで、ジェーンにはひとつの可能性に辿り着いていた。
いる人をないものとし、いたとしても、人を人ならざる者として処理する。
この領地の民にも、そう思い込ませる。
思い込んでいるのか、知っていて口を閉ざすような風土になっているのかはわからない。
だけどきっと、国家ぐるみの、隠ぺい工作。
「そう睨むな。
ダイアナといったな。君から話してくれ」
話を振られたダイアナは、弾かれたように顔を上げると、狼狽してみせた。
だけど、王族の命令に逆らえるわけはない。
「かしこまりました」
蚊の鳴くような声で応じると、言いづらそうな表情をジェーンに向けた。
「私から話せることは多くないわ。
雨季になると、悪魔の活動が活発になる。
だから、毎年、この領土の聖女たちは交代で浄化にあたる。
魔法学園の遠征もその一端を担ってる。それを知っているのは、限られた人だけ」
答えのようで、答えになっていない。
「あの島に、悪魔だろうがなんだろうが、この領民に危害を加える者たちがいる。
それを認識しながら……浄化……。
つまりは、監視と防衛というわけね」
ダイアナが唇を噛んだ。
「回りくどい。なんで、犯罪集団がいるとわかっていながら、そんな対策しか取らないのよ」
ギィ――と、音を立てて、扉が開いた。
中年の女性がおそるおそる中を覗き込む。
母親、だろうか。
「この話は終わりだ」
セドリックは言い捨てると、女性の元へと向かった。




