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治療と着替えとハプニング

 街に戻る頃には、粒の細かい霧のような雨が辺りを覆っていた。


 全身ずぶ濡れのジェーンには今さらだ。

 ほかの生徒たちは、頭の上に手をかざしている。


 最後尾を歩くジェーンとメアリーと、運ばれる遺体。


 ダイアナが青いポニーテールを揺らしながら、何度もチラチラと振り返ってくる。


 気まずい。つい、視線を外してしまう。


 だが、領主の娘であるダイアナのはからいで、遺体を協会へ運ぶことを許された。

 エンバーミングを施し、行方不明者が出ている家に連絡するそうだ。


 早く、家族の元へ帰れるといいな……。


 暗澹(あんたん)たる思いを抱えたまま、ジェーンとメアリー、そしてニーナは医務室の一室に通された。

 聴取を受けると思っていたので、どういうことだろうか、とジェーンは首をかしげる。


「ここのタオルをお借りしましょう」

 メアリーが備品に手を伸ばす。

「あぁ。そうか、ありがとう……」


 このままでは体温を奪われてしまう。

 メアリーが髪から水気を拭ってくれた。


「服は乾かすしかありませんね」

「乾かす?」

「あ。お手伝いします」

「は?」


 呆気に取られているジェーンをよそに、メアリーは品定めするように、じっとニーナを見つめた。


「……あの橋は、あなたが?」

「はい」

「そうですか。では、お願いします」


「ちょ、あの、二人ともなんの話をしてるの?」

 ジェーンを無視して、二人は両サイドから挟み込むように掌を向けた。


「物騒! なになに!?」


 オロオロするばかりのジェーンだが、この常軌を逸した魔法の使い手二人を前に逃げるなんて、それも怖い。


「ひぃ!」


 ぎゅっと目をつぶるも、全身が柔らかくて温かい風に包まれる。そぉっと瞼を持ち上げた。


「あ、乾かすって、そういうこと……」


 美容院のドライヤー全身バージョンといったところか。二人の手は淡い光をともしていて、そこから暖気が流れ出ている。


「はい。体も温まるかと」

「そうね。とっても気持ちいい。

 ありがとう、メアリー、ニーナさん」

「いえ! とんでもありません!」


 ジェーンは身を任せるままに、体を弛緩させた。全身にくすぶっていた緊張感がとけていく。


 首がかくんと揺れたせいだろう。

 メアリーが体を支えて、木製の椅子に座らせてくれた。ベッドはあるけれど、服が汚れているのを気にしてくれたようだ。


「寝ちゃいそう……」

 とろんとした心地に包まれたとき、バン! と勢いよく扉が開けられた。


「お待たせ!」

 大声とともに、穏やかな空気をぶち壊したのはダイアナだった。


 とはいえ、岐路の疑わし気な様子とは違って、明るい調子を取り戻している。ジェーンは目をしばたたかせた。


 だが、ダイアナはジェーンを見ていなかった。

 メアリーを凝視すると、手に持っていた荷物をドサリと床に落とす。


「メアリー様の魔法をこんな間近で拝見できるなんて!!!」


 効果音でもつきそうなほど目をキラキラさせて、わふわふと駆け込んできた。


「あの……?」


 急な来訪とテンションに、メアリーは引き気味になりながらジェーンとダイアナを交互に見やる。


「わたくし、ダイアナ・クラークと申します。

 メアリー様のことは、姉からうかがっていて、ずぅ~っとお会いしたかったんです!

 当領地へようこそお越しくださいました」


 ぐっと身を寄せ、一気にまくしたてるダイアナに相対して、メアリーのもともと乏しい表情から、さらに色が消えていく。


「あぁ、あの方の妹……」


 わざと独り言ちるようにつぶやいてから、ジェーンに視線を戻す。

 これは、あれだ。

 従者が主人の友人に、気安く話しかけてはならない、というルールを前提とした、会話の拒否。


「えぇっと、ダイアナ。何かご用だったの?」

 ダイアナはハッとして、前傾姿勢になっていた体を起こした。


「そうだった。着替えを……あら」

「あの、入口に落としたお荷物では……」


 ニーナがそっと声をかける。


「あはは。ごめんなさい。メアリー様が実在するのに感動しちゃって」


 ケラケラと笑うダイアナは、着替えを拾うとパンパンと叩いてジェーンに差し出した。


「お借りしていいの?」

「えぇ。協会に勤める人間のお仕着せで悪いけど。制服は洗ったほうがいいでしょ?」

「ありがとう。助かるわ」


 湖や雨でドロドロになった制服。乾かしてくれたとはいえ、そのままなのは気が引けた。


「お預かりします」

「はい!」


 メアリーが侍女として淡々と歩み出るも、ダイアナは大興奮で答えた。

 受け取るとさっさと視線を外すメアリー。必要最低限の会話のみに徹している。


「ご友人には一度ご退席いただいたほうがよろしいですか?」

「別にいいわ。気にしないわよ」

「かしこまりました」


 遠慮なく背中のファスナーを下げられ……メアリーの怒りをはらんだため息を首筋に受け止めた。

 ニーナが背中を覗き込んで、小さく悲鳴を上げる。


「やはり、お怪我をなさってましたね」


「あぁ……」

 神経が昂っていたから、すっかり忘れていた。

 ジンジンと痛いことは痛いのだが。


「あの攻撃ってなんだったのかしら。どうなってる?」

「衝撃破のようなものでしょう」


 ショウゲキハ? 何それ、五行の魔法でどうやって?


「真っ赤に腫れあがっていますが、おそらく内出血を起こしているのではないでしょうか。このままでは痣になりますよ。

 どうして何もおっしゃらなかったのですか」


「そう怒らないでよ……」

 死ななかっただけ、いいではないか。


「お着替えの前に、治療ですね」


 その言葉に、ダイアナが大きく手を上げた。

「それなら私が――」


「ニーナさんでしたね。お願いできますか?」

 しかし、メアリーはそれを無視してニーナに振る。


「え、あ、はい、でも、あの……」

 ニーナは挙動不審になりながら、メアリーとダイアナの顔を交互に見やる。


「お願いいたします」

 メアリーは少しだけ強く出た。

「はい!」

 ニーナは慌ててジェーンの背後に回り込み、両手をかざす。


 ぽぅっと、温かくなるのを感じた。

 鈍い疼きが、しだいに治まっていく。


「痛くなかったのですか? ずっと普通に過ごしてらっしゃいましたけど」


 ニーナに問われて、ジェーンは眉をハの字に下げた。

「痛いなんて言ってられる状況じゃなかったじゃない」

「ですが……」


「それは水臭いわね。

 帰って来るあいだにでも、声をかけてくれればよかったじゃない」


 ダイアナが割り込んできた。


 そうは言うが、ずっといぶかし気な視線を投げかけてきたのは、ダイアナのほうではないか。


「メアリー様にばかり気を取られて、あなたのこと、全然気づいてなかったわ」

「…………」


 そっちだったのか。

 呆れつつメアリーを見上げると、完全なる無表情になっていた。


「これで、痕は残らないと思います」

「ありがとうございます。

 ではお嬢様、お着替えを」

「はぁい」


 そのとき、廊下のほうからバタバタと足音が近づいて来たかと思うと、

「ジェーン! ご無事ですか!?」

 アルフレッドがノックもなしに扉を開いた。


 はだけた背中、丸見えの下着(コルセット)――


 室内には一瞬の沈黙がおりる。


「キャァアアアアアアアアア!!!」


 ジェーンは甲高い悲鳴を上げ、アルフレッドに向かって勢い任せに火魔法を放った。

 体は十四歳。普通の女の子として生きていたほうがずっと長い。


「この変態! サイテーですわ!!」

〝この体〟に備わった羞恥心が、本能のままに異性をシノックダウンしていた。

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