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湖畔の浄化と神隠しの痕跡

「光魔法による湖畔の浄化」


 つまりそれは、苔と泥やヘドロを分解して水をきれいにしろ、ということのようだ。 


「なるほど。生命エネルギーそのものに働きかける……って考えれば、微生物の分解なんかは物理的には筋が通るんでしょうけど……」


 ブツブツと呟いてから、ジェーンはカッと顔を上げ、ダイアナに食らいついた。


「意味がわからない!

 こんな広い湖をきれいにしろなんて、そんなの無茶でしょう!

 これって、単に悪魔が云々いって、体よく沼掃除に使われてるだけじゃないの?」


 ダイアナはポニーテールを揺らすと、フンと胸を張った。


「できない人にはそう思うでしょうね」

「あーはいはい。あなたはできる人、だったわね」


 ジェーンは体育座りでいじけてしまう。

 岸辺に等間隔に配置され、光魔法が発現していない生徒は二人組を組まされた。


「ていうかなんで私が聖女候補生なわけ」

「見込みがあるからでしょ」


 言うと、ダイアナは両手を顔の前でパッと開いた。


「観念して、光魔法を発現させる気になった? いつでも手伝ってあげるわよ」

「結構よ」


 大型犬のように嬉々として目を輝かせるダイアナに、ジェーンはすげなく応じる。

 既に何度、このやり取りを繰り返したことか。


 メアリーも、ダイアナの姉にこんなふうに迫られたのかもしれない。

 光魔法なんて発現したら、それこそセドリックたち国の要人に軟禁されてしまいそうだ。


「ま、この課題は光魔法に共鳴することで力を引き出すって目的があるらしいわ」

「共鳴?」

「水を通して」

「水って……」


 ジェーンはおずおずと湖面に視線を向けた。

 まさか。このヘドロに手を突っ込むというのか。


 潔癖症でもないし、ウジ虫のわいた遺体だって何度も接触してきたが……。

 ドブ掃除を、ゴム手袋なしにやれと言われて、素直に了解、とはなれない。


「この学園って、貴族がほとんどなのに、やること無体よね」

「あら。あなたがそんなこと言うなんて意外ね」

「一般論よ」

「まーいいからいいから。手を貸して」


 ジェーンは差し出された手を、不審げに睨みつける。


「光魔法、別に欲しくないんですけど」

 体育座りのまま、ぎゅっと両手を膝に抱え込む。


「あのね。手を重ねて水面に光魔法を放つの。

 そうしたら、あなたの生命エネルギーも刺激されるはずよ」


「だから、要らないんだってば!」


「課題なんだからつべこべ言わない!

 いつものあなたなら、ちゃんとやるべきことはやるでしょう」


 それはそうだ。守るべき規律はきちんと守る。

 だが、納得いかないことにイエスと言えないのも本心だ。


 にっちもさっちもいかない押し問答を続けていると、突如としてどこかから爆発的なエネルギーが生じ、あたりを包み込んだ。


 目がくらむ。

 ダイアナの動揺する声が遠くに聞こえる。

 体中がびりびりとしびれるようだ。


 数秒のうちにそれは収まり、ジェーンはそっと薄目を開け……思わず、目尻が裂けそうなほどに目を見開いた。


「うそ……」


 そう呟いたのは、ジェーンなのか、ダイアナか。


 目の前の湖は水面には白い波紋が揺れ、底が見えるほど澄んでいた。


「な、何が起こったの……?」

「彼女よ」


 狼狽するジェーンに、ダイアナが指差した。


 そこにいたのは……。


「ニーナさん……?」


 手を突っ込んでいるわけではない。

 ただ、水面にかざしているだけの、華奢な少女。


「まさか。これ程とは……」

 ダイアナはよろよろと地面に座りこんだ。


「えっと……まったく状況がわからないんだけど……?」

 尋ねると、ダイアナは少しだけ不機嫌そうにポニーテールの先を指で摘まんだ。


「この湖の浄化は、毎年やってるのよ。

 けど、何十人でやろうと、ある程度匂いが収まるか、その程度よ。

 ありえないわ。何者なの、彼女」


 規格外にも程があると言いたげだ。


「メアリー様といい、ニーナさんといい、まさか本当に真の聖女が……国が、変わるの?」


 逡巡するようにつぶやくと、ダイアナは弾かれたようにジェーンを見上げた。


「…………」

「な、なに……?」


 ジェーンの中を覗き込むような、疑いの色が宿っている。ジェーンは場を取り繕うように、唇を吊り上げた。


「……いえ。なんでもないわ」


 目を背けられた。


 ダイアナから聞かされた〈真の聖女〉、この世の(ことわり)とは違う存在。

 なぜか前触れもなく強大な力を持つ者たちが現れ、軸となる人物に集約されていく。


 ジェーン自身、その軸が自分のことではないかと疑いを抱いた。


 前世の記憶――別の理――を持ち、どういうわけか、メアリーともニーナとも接点がある。


 その可能性に、聖女の総本山で育ったダイアナなら、気づいたかもしれない。

 ジェーン自身に、国を変えるだとか、恩恵や災厄だなんて自覚はないのだが。


(せっかく友達になれたと思ったのに、短い期間だったなぁ)


 疑いを抱く相手と、気持ちよく一緒にいるなんて、できないだろう。それなら、離れてもらったほうが気は楽だ。


 胸に痛みを覚えながら、ジェーンは透明度の高い湖をゆっくりと眺めていく。


 ふっと、水の中に何かが見えた気がした。

 両岸を繋ぐように等間隔に黒い点がある。


 脳の奥がチリチリする。


 おもむろに立ち上がり、ジェーンは近づいていく。

 岸辺に膝をつき、水面を舐めるように観察した。


 ある。二連になった、柱のような木の杭が。その先を、辿っていくと……。


「――ッ!?」


 ジェーンは、息を呑み、一度顔を上げた。再度、目を細めて身を乗り出す。

 生唾が喉を下る。


 まさか。でも、間違いない。……生まれ変わっても、――とご対面とはね。


「私って根っからの刑事だなぁ」


 独り言ちると、スカートをたくし上げて、器用に各足にまとめた。


 ほかの生徒のざわめきが耳に入ってくる。


 それもそうか。こんなはしたない恰好すべきではない。


 だけど――


 ジェーンは、勢い任せに湖に飛び込んだ。


 後ろから悲鳴が上がる。


 気にしてなんていられない。


 対岸までは二十メートル。着衣のままだが、そのくらいは往復できるだろう。


 まずは深く潜って距離を稼ぎ、息継ぎのために顔を出した。

 濡れた服は、想像以上に重い。


 ちょっときついかもしれない。

 水底に足は付きそうにないから、泳ぐしかないけれど。


 もう一度、潜ろうとしたときだった。


「ジェーン様!」

 という叫び声とともに、体の横を何かが通った。


 気づくと、岩でできた橋が出現していた。

 何事かと振り返ると、ニーナが橋の上を駆けて来ていた。


 ジェーンに追いついたところで、手を差し出してくる。


「どうなさったのですか、急に……」

「この石橋、あなたが?」

「はい」


 なるほど。ニーナの持つ強大な力、五行の魔法に当てはめて考えれば、ダイアナが呆然としたのもジェーンにだってなんとなく理解できた。


 セドリックやアルフレッドでさえ、数メートル大の岩を出現させるのに詠唱していた。

 なのに、二十メートルもの〝人が渡れる強度〟を持った岩を一瞬で出現させてしまうとは。


 まあ、後回しだ。

 ジェーンは橋の上で制服の水を絞ると、ニーナに問いかけた。


「ねえ、この岩はどのくらいの時間もつの?

 あなたが元の岸に戻っても消えない?」


「そうですね。私が離れても、数十分は大丈夫だと思います」


「なんとまぁ」

 思わず口からこぼれた。


「それなら、あなたは元に岸に戻ってちょうだい。

 気持ちのいいものじゃ、ないから」


 ニーナは首を傾げる。


「ほかの子たちも、できれば解散するように伝えて、騎士団の要請をお願いしたいんだけど……」

「どういうこと、ですか?」


「……神隠しの解明、かもね」


「……へ?」


「いいから。あなたは早く戻りなさい」

 突き放すように命じると、ジェーンは対岸に向かって走り出した。

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