悪魔の棲む島との境界
「まったく、アルフレッド様もセドリック殿下もいい加減にしてほしいわよ」
「え。セドリック殿下もいらしたの?」
聖女候補生の団体に追いついて、ジェーンはダイアナに愚痴をこぼした。
「往来がなかったからよかったものの、また変な噂が広まったら……ハァ~ッ!」
荒っぽく息を吐き出す。
一行は、山道を登っていく。
西の湖への道は領土の中央部や住宅地のように整備されておらず、足場が悪い。
踏み固められてはいるものの、雑草や枝葉が伸びすぎていて、ハイキングもできなかろう。
獣道よりはまだマシ……といったところだ。
「朝から災難だったわねって言いたいところだけど、あれだけ熱烈にアピールされて少しもなびかないジェーンにも呆れるわ」
「……しつこい」
「あら、失礼」
ダイアナはいかにも楽し気に舌を出した。
小高い平地に出ると、そこから湖が一望できた。
その湖面の様子に、ジェーンは「えっ」と声を漏らす。
生徒たちも不安げにざわつき始める。
「まあ、そういう反応になるわよね」
ダイアナだけが、達観したようにつぶやいた。
ジェーンは、ささやき声で告げる。
「ごめんなさい。湖って聞いていたから、きれいな、澄んだ水を想像していたの。
でも――」
苔と泥と、ヘドロの塊。どんよりと濁り切ってしまっている。
これでは湖ではなく、沼だ。ドブといってもいいかもしれない。
「いいの。気持ちはわかるから。
それより、あそこよ」
ダイアナが指さした先には、緑に覆われた、こんもりとした小さな島。
「あそこに悪魔は棲んでいる」
「…………」
断定的な物言いに、茶化すことができなかった。
高台から島までは、二百メートルくらいはあるだろうか。
ここから先は下り坂。
坂を下りるにつれ、対岸の距離は短くなるようだ。
「あの、ダイアナ……」
「なに?」
「たとえ悪魔が棲んでいたとしても、どうやってこっち側に渡って来るの?
船を着けられる場所でもあるわけ?」
「さあ。悪魔がどんな手を使っているかなんてわからないわ」
じっと瞳を見据えたが、はぐらかしているわけではなさそうだ。
「雨季は、下流の岸が近づくの。二十メートルもないかしら」
「増水して水が貯まるのね」
「そういうこと。だから、泳いでだって渡れるんじゃないかしら」
「泳いで……」
ジェーンは、改めて湖面に一瞥をくれた。
水面に近づくにつれ、こもった匂いも立ち上がってくる。
くす、とダイアナが小さく笑う。
「こんな汚い水の中、泳ぐなんてって顔ね。
でも、悪魔は私たちとは違う存在。何をするかなんて考えられないわ」
ジェーンは唇を引き結びながら、近づいてくる小島を見つめる。
あそこに誰かかが住んでいる。
離れ小島。
悪魔なんて、そんな虚構じみたものは信じがたい。
連続誘拐事件なら、人の手によるもの……と思いたいのだが。
だとしたら、食料はどうしているのだろうか。
森の植物を採ったり、動物を狩ったり……?
仮説にも満たない空想は思いつく。
だけど、何かコレといった手掛かりがあるわけではない。
まずは流れに任せよう。
道なりに下りきると、湖畔に辿り着き、また開けた平地が現れる。
薄暗い空の下、泡立ちそうなほどによどんだ水面の前に到着した。




