社交界での事件3
バタバタと、騒ぎを聞きつけた衛兵たちがやって来た。
「お、お嬢様……?」
華奢な少女が男を取り押さえている現場に、顔を引きつらせるが、ジェーンは構わずに男を突き出す。
「ミドルトン公爵の飲み物に……呪いの水を入れたのはこの男です」
毒物ではなく「呪いの水」という言葉に、気恥ずかしいような奇妙な感覚を覚えながらも、そう言った。
「と、とりあえず連行します。
お嬢様もお怪我をなさっているようなので、客間のほうへ」
男を引き渡して、やって来た廊下を見やった。
足から垂れた血が点々と連なっている。
「あちゃぁ……」
屋敷の主に迷惑をかけてしまった。
そんなことを思いながら、スカートの裾をたくし上げて足の裏を確認する。
うむ。親指の付け根がぱっくり割れている。
破片は残っていないようなので、洗って止血すれば問題ないだろう。
「姉さん! はしたないことしないで!」
レイヴンが顔を真っ赤にしながら駆け寄って来て、スカートの裾を引っ張り下ろした。
「驚いたんだからね! いきなり人が変わったみたいに怖くなるし。
あぁでも、そんなことよりまずは手当てをしないと!」
乳姉弟想いの義弟である。
ジェーンの手を取って、歩けるかと聞いてくれる。
「大丈夫よ、踵をついて歩けばいいのだから」
「そういうことじゃなくて……」
「それより、ミドルトン公爵のご容体は?」
「今、聖女様たちが診てくださってるよ。
姉さんに言われたように、体を押さえるようには伝えたけど……」
訝しむように、ジェーンの顔を覗き込む。
「なに?」と小首を傾げるが、客間に着くまでレイヴンは押し黙ってしまった。
*
ソファにジェーンを座らせるなり、レイヴンは衛兵たちを部屋から追い出した。
既に水桶やガーゼが用意されているのだから、準備のいいことだ。
レイヴンはジェーンの側で膝をつき、足の裏を濡れたガーゼで拭って、ガーゼをしっかりと巻いてくれた。
心なしか顔が赤くなっている。怒らせてしまったのだろうか。
スカートをしっかりと下げてガーゼを隠すと、レイヴンは顔を伏せたまま言った。
「なんで、あんなことを言ったの?」
「あんなことって?」
「気道がどうとか、絶対安静とか、あとチンセイザイ、だっけ?
それ、どういうことなの?」
「あ……」
たった数十分の出来事だろうが、ひた隠しにしていた“前世”を、もろに露呈させてしまった。
今生きている世界とは常識が違うから、おかしく思われてもしかたなかろう。
「え、えっと……。
なんていうか、急に天啓が下ったというか、そうするのが良いって思って」
「…………」
口元をへの字に曲げて渋い顔をしている。納得していない。
「実際、呪いの水を吐き出させて、呼吸も確保できたのだからいいじゃない」
取り繕うように微笑むが、レイヴンの顔はどんどん曇っていく。
「……もし天啓が下ったのなら」
俯いてしまった。本格的に怪しまれたかもしれない。
「姉さんは、聖女にされてしまう」
「へ?」
「僕は嫌だからね! そんなの、絶対許さないからね!」
かと思ったら、ガバッと顔を上げて睨め上げてきた。
何を言いたいのか、よくわからない。
「聖女様って……偉い人よね?」
「そういうことじゃないってば!
聖女になったら、姉さんは王宮に召し抱えられることになるだろう!」
「あぁ……」
光魔法を持つ者は、聖女として国に奉仕することになっている。
その統括をしているのが王族ではあるのだが、話が飛躍し過ぎではなかろうか。
「別に光魔法が使えるようになったわけじゃないんだから、問題ないわよ」
「…………」
ヒラヒラと手を振って笑って見せるが、レイヴンはソファの隣にドスンと腰を下ろした。
手を両手でぎゅうと握られ、真剣な眼差しを向けられる。
「姉さん。いや、ジェーン、子どもの頃に約束したよね」
「約束?」
「そうだよ。僕の――」
コンコン――
レイヴンが言いかけたところで、ドアがノックされた。
「アルフレッドです。
ジェーン嬢がこちらにいらっしゃると伺ったのですが」
「あ、はい。どうぞ!」
ジェーンがパッとレイヴンの手を払って応えると、レイヴンは鼻から短く息を吸って肩をいからせた。
入室したアルフレッドをギロリと睨みつける。
アルフレッドはそれを一瞥すると、ジェーンの元へ歩み寄って、膝を折った。
「ジェーン嬢、この度は誠にありがとうございます」
まったく温度のこもっていない声音ではあるが、礼を言いに来たようだ。
「父の容態は安定したようです。
聖女様たちもこんなに早く解毒するのは初めてだと驚かれておりました。
あなたの対応と、そして犯人の確保、何とお礼を言ってよいかわかりません」
「あぁいえ、私も咄嗟のことで、何がなんだか……」
両手を前に突き出してパタパタと振る。
前世の刑事としての習性が出てしまったことは、どうにか隠したい。
無表情だったアルフレッドの顔が、にわかに緩んだ。
ジェーンの手を取ると、何の前触れもなく唇を落とした。
柔らかい感覚が、甲を伝って背中まで走り抜ける。
「ひょえ」
「なっ……!」
その手を持ったまま、じっとジェーンを見つめる。
「三カ月後、学園でお会いできることを楽しみにしております」




