気詰まりなルームメイト
オリエンテーションが終わる頃には、すっかり日が暮れていた。
そのまま全員揃ってぞろぞろと宿泊施設に案内されてしまい、図書館へ行くことはかなわず。
(もしかして、ずっと団体行動なのかしら。抜け出せるタイミングがあるといいんだけど……)
セドリックという火種を避けるためにも、クラーク領にいるあいだになんとかしたい。
「え。ここに泊まるのですか」聖女候補生のひとりが、あからさまに嫌そうにつぶやいた。
煉瓦造りで、等間隔に窓がついている、単身者用のマンションのような外観。
学園の寮と大差ない気はするが、道中は学園が手配した貴族館に泊めさせてもらった。
庶民感たっぷりの宿屋など、貴族の令嬢からしたら、築年数五十年の風呂トイレなし木造アパートに泊まるようなものかもしれない。
「あら、我が領地の宿にご不満でも? なら、あなただけ外で寝ればよろしいのでは。
西の悪魔にさらわれるかもしれませんけれど」
そこにずいっと身を乗り出したのはダイアナだった。
聖女候補生たちはしぶしぶと顔を見合わせる。
「聖女になれば、どのような場所に派遣されるかわかりません。
それこそ、危険な場所、野営しなければならない場合だってあるでしょう。
貧しい方々と寝食を共にすることだって。
それでも国のために奉仕する誇り高い存在が聖女なのよ」
追い打ちをかけると、候補生たちは恥ずかしそうに顔を逸らした。
おや。
だったら「聖女なんてならなくていい!」と声を上げそうな人もいそうなものだが……。
ジェーンが首をかしげていると、
「あなたと違って、聖女になりたくない、なんて大っぴらに宣言できる人なんていないのよ」
と耳打ちされた。
「聖女としての力がありながら否定するなんて、そうね、たとえば王族に楯突くくらいの感覚かしら。まあ、セドリック殿下が、王族としての役割を放棄するくらい異端なことね」
「え!?」
これまた新事実。
セドリックに反抗しているし、聖女になりたくない、なんて言ってしまってるし……。
まずい。
どんどん自ら墓穴を掘っている気がする。
けど、ときは巻き戻せない。とにかく、早くこの世界の理をもっと学ばなければ……!
振り分けられたのは、二段ベッドの六畳程度のワンルーム。シャワーとトイレはついているんだから、悪くはない。
いっそ警察学校の寮生活時代を思い出してなつかしい気分になる。
(寮っていえば、こういう感じよねぇ)
感慨に浸りつつ荷物の整理を始めるも、扉の前で立ちっぱなしにのルームメイトには、気詰まりさも抱いていた。
ニーナ……。
ボストンバッグを体の前に携えたまま動こうとしない。
「あのぅ……」
ジェーンが振り向きざまに声をかけると、ニーナはビクッと体を震わせた。
「中に入らないの?」
「私が貴族の方とご一緒だなんて……っ」
消え入りそうな声でつぶやくと、次の言葉を呑み込んだ。
謝ろうとしたんだろうな。
何を言っても、彼女は容易に心を開かないだろう。
だったら、好き勝手にするまでだ。
「私、ベッドの上段を使うわね。下段って上の軋み音で寝られないのよ」
そう言ってハシゴを登ると、ニーナは目を丸くして様子をうかがってきた。
「はぁ〜こういうのも、学生! って感じでいいわよね〜」
「は、はぁ……」
「明日もあるし、早く支度して寝ちゃいましょう。
シャワーも先でいいかしら?」
「も、もちろんです!」
「じゃあ、ニーナさんも早く片づけて。ね?」
「はい!」
ニーナは弾かれたように顔を上げた。窓際にボストンバッグを置いて、テキパキと動き出す。
さすが商家の娘。手際がいい。
二人ともシャワーから出て寝支度を済ませると、ジェーンはベッドの上段から下段に身を乗り出した。
赤い長髪がただらんと垂れ下がる。
「ねえ」
「キャッ!」
「あー、ごめんごめん。降りて隣に座ってもいい?」
ニーナは目を戸惑いがちに目をしばたたかせる。
まあ、ノーとは言えないタイプだろう。
そう踏んで、ギシギシとハシゴを降りていく。
ニーナは呆気に取られたようにじっと目で追っている。
「よいしょ」
ギシ――
うっ。勢いよく腰かけたが、思いのほか硬い。
寮も侍女付きの部屋を与えられているから、体はふかふかのベッドに慣れてしまっているようだ。
そのあいだも、ニーナはじぃっとジェーンから目を離さなかった。いや、何を言われるか警戒して離せなかったのかもしれない。
「一週間も警戒されたら、疲れちゃうわ。
だから、いろいろお喋りしたほうがいいかなって」
ニーナは口を開かない。
それはそれで何かと話題に困る……。
鉄板は金髪縦ロールかもしれないが、いじめ首謀者の話題はトラウマの可能性を捨てきれない。
ニーナ自身の話を聞いてみようか。
「ねえ。あなたってすごい魔力を持ってるわよね。
いったいどうやって身につけたの?
光魔法を使える人だって、私の周りにはぜんぜんいなかったわ」
「えぇっと……」
ジェーンはニーナの言葉がまとまるのを待つ。
相手のペースに合わせるのは聞き込みの鉄則だ。
「魔法が使えるのは、子どもの頃から気づいていたので、家の仕事を手伝ううちに、少しずつ試してみたら、いつの間にか……」
「へえ。家の手伝いって?」
ニーナは顔を伏せたまま、目線だけを天井に向けた。
「掃除とか、洗濯、一番訓練になったのは、お風呂焚きですね」
「え⁉︎ そんな実用的な使い方があるの?」
驚いて先を促すと、ニーナはほんのり顔を赤らめた。
「手を抜いたわけではないんです。効率化……のためです。
うちは使用人もいましたし、従業員や取引先の出入りも多かったんです。
みんな忙しく働いてくれるので、私も手伝いを思ったまでで……」
早口になるニーナだが、ジェーンにとっては感心と感動の連続だ。
「あなたって本当にいい人っていうか、偉すぎる!」
探るような視線がこちらに向いた。
「だって、人のためを思ってやってたんでしょう。
子どもの頃からそんなに自立してたなんて。
私の母は乳母として働いていたけど、お坊ちゃんやお嬢様なんて、使用人任せじゃない」
「そんな……」
「あなただって、使用人のいる商家のお嬢様でしょう」
ニーナは、喉の奥を鳴らした。
「商家の娘だから、従業員には悪く思われたくないし、それに……」
「それに?」
「非効率が嫌いなんです」
ポツリとこぼしたひと言には、熱っぽさがはらんでいた。効率という言葉はこれで二回目だ。
初めての本心らしい感情のように思えた。
なんだ、ちゃんと自分の意志を持っているじゃない。当たり前か。
自ずと頬が緩む。
気詰まりな感情が、ほんのり溶けていく。
ジェーンはそっと顔を近づけた。
「ねえ。もっと聞かせて」
「え。聞かせてって」
「たとえば、どんなふうに効率化してたとか、家事が楽になるなら、誰だって歓迎よ!」
「お、お恥ずかしいですし……あまり、真似はできないかもしれません」
――たしかに、参考にはなりそうにない。
ニーナの魔法は、ジェーンからすると、ちょっと次元が違っていた。隠したくなるのも当然かもしれない。
だけど、それだけ強大な力を持っているのなら、家事以外にも何か、役に立つ場面もありそうなものだ。
前世の記憶が戻ってからというもの、逮捕術に組み込んだりできないかと試してみたが、自分の魔力に限界があることに気づいて諦めた。
ニーナだったら、ジェーンの理想とする捕縛方法も、やってのけそうだ。
もちろん、肉体的な訓練も必要だから、まったく同じようにとはいかないだろうけれど。
――ジェーンの見立てが、近いうちに的中することになるなんて、こんな平穏な夜には予想だにしなかった。




