毎年起こる神隠し
「本当に、あなたって不思議な子ね」
「何が?」
アルフレッドも去ったところで、ダイアナは机にしなだれかかるようにして、ジェーンを見上げた。
「直球で聞くけど、殿下もアルフレッド様も、あなたを取り合って仲が悪くなってるんじゃないかしら?」
「……は?」
意味がわからない。
監視対象を取り合うなんて、そんな面倒くさいことするだろうか。
いや、手柄欲しさだったり、持ち場争いだったりは、元刑事として共感しよう。
だけど、王族とほかの貴族では、そもそもの立場がまるで異なる。
ジェーンが考え込んでいると。
「お二人ともご身分がご身分だけど、別に恋する気持ちに制限なんてないと思うわ」
「……コイ?」
聞き間違いだろうか。
「自覚ないの? アルフレッド様なんて、ほかの女の子に見向きもしないじゃない。
あなただって、手を取られてぜんぜん気にしてなかったし、みんな、恋仲だと思っているわよ」
「え、コイって……はぁ!!??」
思わず大きな声が出て、講堂に、わぅん、と響いた。
「ち、ちょっと待って。
いつ、どこで、誰が、どういう話でそうなってるわけ?」
こっちは、常に監視下にあって肩身の狭い思いをしているのに、そんな酒の肴にされるなんてたまったもんじゃない。
たしかに嫌がらせはあった。
アルフレッドの信奉者に、ねたまれるのも覚悟の上だ。
だが――
「恋仲は、ないでしょ、どう考えても」
心の中が急激に冷めていく。
「信っじられない!」
ダイアナは天井を仰ぎ見た。
「いろいろと事情があるのよ」
さすがに自分の置かれた立場のことは言えないが……。
「もう、本当に面倒くさい。いっそ退学して田舎に帰りたい。
でもそれも、あとあともっと面倒くさいことになるか……」
ここで帰ったら、逃亡と取られかねない。
ノーサム伯爵や、来年入学するレイヴンのためにも、身の潔白を証明しなくては。
「とりあえず、頑張るわ」
一人で結論づけると、
「何を?」
とツッコまれてしまう。
ジェーンは短く息を吐き、気持ちを落ち着かせる。
「こっちの話。とりあえず、あとで図書館は案内してよね」
「それは任せて」
ダイアナはポニーテールを揺らしてうなずいた。
*
――西の湖畔の浄化。
それが聖女候補生たちに課された課題だった。
いやな汗が背中を伝う。
メアリーから「西の湖畔には近づかない」と言い含められているけれど、実習だから避けるなんてできない。
ごくりと、生唾を呑み込む。
「ジェーン大丈夫? 顔色悪いけど」
「あ……西の湖畔って……」
ダイアナは顔を曇らせる。
「西の悪魔って、言葉だけは聞いたことがあるの」
メアリーの名前を出すと、騒ぎ出すかもしれない。
なので、ちょっとだけ言葉をぼやかした。
ダイアナにしては珍しく、自分から視線を逸らした。
壇上に立つ教員が説明を続ける。
「ちなみに――」
雨季のこの時期、西から悪魔がやって来るといわれている。
神隠しのごとく、あっという間にさらわれてしまう。
そのために、この時期に遠征があり、聖女候補生は浄化に携わるのだ。
入学まもない時期に遠征とはずいぶん早いと思っていたけど、そんな理由があったのか。
だけど、神隠しって……。
「ねえ、それって単なる伝説じゃないの?」
オカルト話にしか聞こえない。ダイアナの態度からもっと不穏なものを予想していたのに、ちょっと拍子抜けだ。
「いいえ。実際に毎年被害が出るの。
だから領民は自衛のために、できるだけ光魔法を発現させるのよ」
「え。じゃあ、どうして光魔法は国中に広がってないの?」
「ここは閉ざされた土地だし、光魔法が発現するといっても、力量は人それぞれ。
それなのに、光魔法が広まったりしたら、本当の実力者があなどられたり、軽視されたりしかねない。
ただの光魔法保持者と、聖女とでは雲泥の差があるから、秘匿してるってところかしら」
なんとなく納得いかない説明だった。既得権益や権威性を誇示しているだけのような気もする。
とはいえ、ひとまず呑み込もう。
なにより、神隠しは信じがたいが、毎年、同時期に誘拐が発生しているとなると一大事だ。
同一犯による連続誘拐事件ではないのか……。
原因を、突き止めたい。
(ごめん。メアリー)
ジェーンはぐっと唇を引き結んだ。彼女に心配はかけたくない。それでも、本能ともいえる職能には抗えなかった。




