遠征出発2
「見て、ジェーン。あれがクラーク領よ」
王都の魔法学園を出発して三日目。
隣にいるのがすっかり板についたダイアナは、カーテンを開けて窓の外を示した。
釣られたように窓の外を見ると、眼前には稜線が広がっていた。
「本当に山なのね」
感心してつぶやいた。
それと合わせて、第二の故郷であるノーサム伯爵領を思い出して懐かしさが込み上げてきた。
ノーサム伯爵領は領地の半分が山岳地帯。さほど標高が高いわけではないが、羊の育成には適した土地なのだ。今もみんな、元気にやっているだろうか。
「そういえば、四方が山に囲まれているって聞いたけど、領地にはどうやって入るの?」
「いくつかルートはあるわ。
ひとつは山並みの坂に沿って上って行って下りる道ね。ちょっと急なカーブなんだけど、とても景色がいいのよ。
巡礼者や観光目的の人はその道を通るの。
でも、トンネルを使うんじゃないかしら」
「トンネルがあるの?」
「えぇ。山並みの坂道は時間がかかってしまうから、食料や生活物資の運搬なんかはトンネルを使うのよ」
おや、とジェーンは首を傾げる。
「普段からトンネルを使えばいいじゃない」
ダイアナはゆるゆると首を振った。
「クラーク領は聖なる土地の総本山。だからこそ、山道を通るのが鉄則なの。
許可がないとトンネルは使えないわ。
まあ、今回はセドリック殿下もいらっしゃるし、馬車も大きいからトンネルじゃないと難しいでしょうけれど」
ダイアナは目を細めて山のシルエットを見つめていた。
その言動には、何か含みがある。ジェーンは重ねて尋ねた。
「セドリック殿下がいらっしゃることに、何か関係が?」
「悪魔と山賊」
聞き逃しそうな、低い声。ダイアナらしくない。
その様子と飛び出た単語に、ジェーンは目をしばたたかせる。
悪魔……それはメアリーに聞かされた「西の悪魔」のことだろうか。
山賊は物騒ではあるが、否定はしきれないだろう。
学園に通うのはほとんどが貴族、ましてや今回は王族がいるのだから、山道を避けるのもうなずける。
だけど――
「悪魔って、どういうこと?」
「どうせオリエンテーションがあるんだから、そのときでいいでしょ」
はぐらかされた。
ますます気になってしまうが、遠くを見つめるダイアナに、これ以上話す気はなさそうだ。
ジェーンは一度ゆっくりと瞳を閉じ、そして開いた。
「わかったわ。けど、協会には連れて行ってくれるんでしょう?」
「もちろんよ!」
バッと振り返ったダイアナからは、先ほどの陰りは消えていた。
「聖女のことをもっとよく知ってほしいわ。そうしたら、あなただって聖女になるのがどんなに――」
始まってしまった。
ダイアナの聖女語りは熱量もさることながら、とにかく長い。
〝新興宗教〟の勧誘ってこういう感じなのかな。
ジェーンは、運がいいのか、はたまた警察官だったからか、いわゆる「急に昔の友人から連絡が来て、会ってみたら宗教かマルチ」なんて体験はしていない。
宗教関連の捜査も基本的に範ちゅう外だったから、いまいちピンと来ないのだが……。
(こんなにしつこいと、そりゃあ嫌がられるかもしれない)
とはいえ、ダイアナのことは、どうにも嫌いになれない。見ているぶんには飽きないし、性根の明るさも気をまぎらわせてくれる。
……考えごとをしたいときに、できないだけで。
馬車が坂道を登り始めた。
窓の外では、シルエットだった山並みが、青々としげる枝葉に変わっていく。
徐々に近づいていき、やがて車体を揺らしながら木々のあいまを進み始めた。
女生徒たちも、窓からの景色を眺めながらきゃいきゃいと声をあげている。
トンネルを抜けると、さらに緑が濃くなった。その木々に囲まれるように、街並みが広がっている。
王都と遜色ないほどの栄え方だ。
「懐かしいわ」
ダイアナが声を弾ませた。
「見て。あれが協会」
指をさした先には、町一番の背の高い建物があった。尖塔は時計台になっていて、その下はステンドグラスが施されている。
「すごい豪華ね……」
さすが、聖女の総本山といわれる協会。
「えぇ。ここからだと全体は見えないけれど、敷地内にはいくつも建物があるの。
一般人が祈りをささげる場もあるし、儀式の間もあれば、講堂や図書館、美術館も。
美術館があるとはいえ、造りもさることながら、いろいろと装飾もおごそかなのよ。
聖女たちの住まいもあるの。もちろん病人や怪我人を保養する施設もね」
「なるほど。重要な施設が揃っていて、聖なる場所としての権威性もあるわけか」
「そういうこと」
誇らしげに、胸をそらした。
ふむ。
神聖化され、閉ざされた土地で育てば、聖女への憧れも強くなるのかもしれない。
街の中央を走る大通りを抜け、魔法学園の一行は、まさにその協会へと到着した。




