表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/41

遠征出発1

 遠征までの日々は、つつがなく過ぎていった。


 アルフレッドに付きまとわれることに加えて、ダイアナに「メアリー様に会わせて!」とせがまれる以外は……。

 ダイアナはときに「光魔法を発現しましょうよ!」と手を取ろうとしてくるから始末に負えない。


 ジェーンとしては、メアリーと同じく聖女になんかならずに卒業を迎えたいところである。


 それでも、お互い敬語を使わない程度には打ち解けられた。

 学園生活はじめての友達がダイアナだなんて、ちょっとうるさいけれど。


 一方で、セドリックからは、シャーロットの実家であるフリン伯爵の圧政を聞かされた。

 領地運営や国に納める税だけでなく、伯爵の判断で増税を課し、営業権利権を盾にとって私腹を凝らしていたそうだ。


 為政者の風上にも置けない。

 喉の奥が、カッと熱くなった。


 ただ、ミドルトン公爵の毒殺の関与についてはシロともクロとも判断できず、嫌疑がかかったまま、という状態らしい。


 ジョイラスの調査については、詳しくは教えてもらえなかった。


 仕方ない。ジェーンとて、まだ「泳がされている」立場。


 できることなら深入りせずに、来年のレイヴン入学時には、穏やかな学園生活を送っていたいものだ。


 釈然としない思いを抱えながらも、出発の日を迎えることとなった。


 移動は十四人乗りの大きな馬車。前世でいうところのマイクロバスを思わせる大きさだった。電車のように真ん中に通路があり、窓の下に椅子が並んでいる作りだけれど。


 転移魔方陣ではないのかと拍子抜けしたが、どこにでも設置できるものでもないらしい。大人数が移動できる学園施設のような場所は例外なのだ。


「じゃあ行ってくるわね、メアリー」

 メアリーが着替えや教科書の入ったボストンバッグを荷台につめ込むと、ジェーンはねぎらうように笑みを見せた。


「行ってらっしゃいませ。

 ……お嬢様、お伝えいたしましたが、西の湖畔には近づかないよう、くれぐれもお気をつけください」


 出立にあたって、メアリーからクラーク領のことはいくつか聞かされた。


 クラーク領は四方を山に囲まれた盆地。行くには山道を抜けなければならない。

 領内の西方には湖があり、人の手の入らない小さな島が取り残されている。そこには西の悪魔が棲んでいると恐れられている。


 ――とのことだったが、ジェーンにはただのオカルトや都市伝説にしか思えなかった。


「大丈夫よ。自わから進んで厄介なことに首を突っ込む気はないから」

 ヒラヒラと手を振るも、メアリーは憮然とした表情を向ける。


 口ではそう言いつつ、いつだって面倒事に乗り出しているのはどこの誰だ、とでも言いたげだ。


 安心させるように、ジェーンはポケットから小さな石板を取り出した。

 メアリーによって改良され、ジェーンでも会話ができるようになっている。


「何かあったらちゃんと連絡するわ」

「わかりました。どうぞご無理はなさらず」

「はいはい。じゃあ、行ってきます」


 馬車に乗り込むと、車内は遠出に向けて浮き足立っていた空気が一斉に鳴りを潜め、視線がジェーンに集中した。


(あ……そうか、男子と女子で馬車が違うから……)


 いつもはアルフレッドが側にいてくれるが、今は敵意や嫌悪、不審げな目線ばかりを集めている。


(監視対象といいつつ、なんだかんだ保護対象でもあるわけね)


 アルフレッドやセドリックが味方とはいえないが、これでは針の(むしろ)である。


 周りと目を合わせないよう進み、空いているスペースを見つけて腰を下ろすも、側の生徒が距離を取る振動が伝わってきた。


 心の中でため息を押し殺す。


 旅程は移動に片道三日ほど。途中で宿泊施設に寄る、なかなかの長旅である。

 クラーク領で一週間ほど過ごし、また三日かけて戻り、翌日は休暇。


 修学旅行なんかは二泊三日が定番だったから、その期間を聞いたときには驚いたものだ。


 眠ってしまおう。電車と違って、寝過ごすなんてこともないのだから。

 体力温存のためにも、そうしよう。


 ジェーンは諦めたようにうつむいた。

 だが、甲高い声ですぐに顔を上げることになる。


「ねえ! 今の方がメアリー様?」


 興奮に目を輝かせたダイアナが、鼻息が当たらんばかりの至近距離に迫っていた。

 青いポニーテールが犬の尻尾のように揺れて見える。


「え、えぇ……そうだけど……ちょっと近いわ」

「あら、ごめんなさい!

 はぁ。でも本当にメアリー様が侍女だなんて、羨ましいどころか、こう……」


「こう?」


「侍女にしておくだなんて国の損失よ。どうして光魔法が発現しなかったのかしら。

 本当にもったいない。

 あ、決してあなたの侍女にしておくなんてって意味じゃないのよ。

 わかってくれるかしら?」


 言わんとすることは察した。


 メアリーほどの人材を一般人として放置しておくなんて、と言いたいのだろう。

 それで気分が悪くなるわけでもない。

 ダイアナはそのままジェーンの隣にぼふんと座った。


(あ。これ、寝られないやつだわ)


 それでも、長い道のりで孤独を味合わないだけいいかもしれない。


 孤独というと……。


 隣でまくし立てるダイアナに適当に相槌を打ちながら、ニーナを探した。

 シャーロットは例の件で謹慎を言い渡され、今回の遠征には参加していない。


 いた。いつもの顔ぶれと一緒だが、会話には入っていない。

 無視、か。顕在化できないいじめだ。


 どうしたものか、と暗い気持ちになりながらも、何の手立ても思い浮かばい。


 ただ、今は……隣で覆いかぶさるように話しかけてくるダイアナがうるさい。

 考えようにも、集中できないではないか。


(耳栓って、この世界にないのかしら……)


 それこそメアリーに頼めば、そんな魔道具を考え出してくれるかもしれない。

 出発してほんの数十分、すでにメアリーが恋しくなっている。


 だから、ダイアナがクラーク伯爵家の子女で、彼女なら土地の噂――西の悪魔――について知っているかもしれない。

 なんてことが、ジェーンの頭からはすっかり抜け落ちてしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ