メアリーの信奉者と真の聖女2
「失礼いたしまいた。つい、興奮してしまいまして。
えぇっとですね……」
取り繕うように咳払いをしてから、ダイアナは話し出す。
「ジェーン様、あなたがとてもカッコいいっていう話よ!
私もシャーロット様の態度は、見るに堪えないものがあったの。
だけど何か手立てを打てるわけではない。
だから、あなたがあそこでシャーロット様を追いやってくれたこと、とても感動したわ」
声をかけてきたときの、ハキハキとした様子に戻っていた。
まっすぐに向けられた褒め言葉に、ジェーンは目を丸くするも、
「それは、ありがとうございます」
素直に受け止めることにした。
「聖女は慈悲と愛と施しを与える者として、民の見本とならなければいけないと教えられるわ。
彼女は候補生ではないけれど、領民を虐げるなんて、貴族の風上にも置けないわよ」
慈悲と愛と施し……。
その言葉にはうすら寒いものを感じたが、市民の見本であるべき、という感覚なら受け入れられる。
「共感してくれる人がいて、嬉しいです」
ジェーンは穏やかに微笑んだ。
「あなたみたいな人こそ、聖女になるべきだわ。
光魔法の発現なら、私がサポートしてあげられる」
「お言葉はありがたいのですが、私は聖女になることを望んでおりません」
「え……!?」
「私は田舎の貧乏貴族出身。
領主であるノーサム伯爵のおかげで学園への入学を許されましたが、元より魔法に長けているわけでもありません。
卒業後は、故郷に戻って領民たちと仲良く暮らしますわ」
「…………」
ダイアナは唖然としている。
聖女になるべし、と育てられたのだから、真っ向から否定されて気分を害したかもしれない。
しばしののち、目をパチパチさせて。
「……聖女はともかく、故郷に戻る?」
おや、そちらが気になるのか。
「はい」
ダイアナは上目遣いでアルフレッドを盗み見た。
その視線を、アルフレッドはついっと逸らす。
「妃の話は?」
「あれは殿下のお戯れですわ」
「……あなた、変わってるわね」
「よく言われます」
「アルフレッド様もセドリック殿下もお気の毒に」
アルフレッドは、うっと喉を鳴らして口を引き結んだ。
「あの、ダイアナ様。聖女の総本山があるということは、資料などもあるのでしょうか?」
「えぇ。それはもちろん。
聖女の伝承を書き起こしたものや、聖女に選ばれし初代の王、それと〈真の聖女〉伝説なんかもね」
ジェーンはゆるりと腕を組み、口元に手を当てた。
そのあいだに、アルフレッドが身を乗り出す。
「気になっていました。〈真の聖女〉とはなんですか?」
「あら。アルフレッド様はご存じないのですか?」
意外そうな顔をして、ダイアナは問い返す。
「……小耳に挟んだことはあります」
先日、セドリックがアルフレッドの部屋を訪れたときだ。
独り言のように、真の聖女と言っていた。
そのときは特に気に留めなかったが、ダイアナの口ぶりからすると、特別な意味を持つ言葉だと思えてきた。
「話すとお昼休みが終わりそうなので、概略だけですが。
〈真の聖女〉が現われしとき、祝福か厄災を招くだろう、と言われております。
その兆候は、メアリー様やニーナさんのように、出自に関係なく強い力を持つ者が現れたとき。
その者たちがなぜか、ひとつの軸に導かれるのです。
ひとつの軸こそが〈真の聖女〉といわれる存在。
彼女は、我々とは異なる理の知識を有し、国を大きく変える礎となるのです」
ビクリ、とジェーンの体が震え、強張った。
異なる理。
ずっとジェーン自身が感じてきたことだ。
「〈真の聖女〉が現れるのは、数百年に一度とも、数千年に一度ともいわれています。
ただ、大きく何かが変わるようです。
言い伝えですけどね」
ダイアナはそう言うと、トレイを持って立ち上がった。
「待って!」
焦りをはらんだ声で、ジェーンが引き留める。
「その資料は門外不出なのですか? 私でも、読むことはできるでしょうか?」
ダイアナは振り向きざまに、
「えぇ。物によるけど、協会に置いてあるので」
と、事もなげに言った。
「私、知りたいの。この国の成り立ちや、制度のこと」
どうして前世の記憶があるのか、禁書とされた情報をジョイラスが持っていたのか。
もしかしたら手掛かりは、聖女の総本山にあるのかもしれない。
「意外と勉強熱心なのね。
そしたら、遠征のときにでも寄りましょう」
「遠征?」
「えぇ。毎年、新入生の最初の遠征は、私のクラーク領ですから」




