メアリーの信奉者と真の聖女1
「あなたってカッコいいわね!」
食堂の片隅で、ジェーンは急に声をかけられた。
いつものようにアルフレッドの隣、壁際で昼食を口に運んでいるときだった。
聖女候補生の背の高い女生徒だ。青い髪をポニーテールにまとめ、山盛りに持ったトレイを持っている
ジェーンはもぐもぐと口に入れたものを咀嚼してから尋ねた。
「あなたは……」
「ダイアナ・クラークと申します。同席よろしいかしら?」
名乗ると、アルフレッドに問いかけた。
「構いません。どうぞ」
「ありがとうございます」
トレイを置きながらジェーンの正面に席を取る。
「クラーク殿とおっしゃると、クラーク伯爵家の?」
「はい。その通りですわ。アルフレッド様」
ずいぶんとハキハキ喋る子だ。自信に満ちあふれているが、決して鼻にかけている様子ではない。改めて対峙して、ジェーンが受けた印象はそんなところだった。
貴族名鑑は入学前に読んだのだが、パッと出てくるものではない。
ジェーンは迷った末に、素直に告白することにした。
「ダイアナ様、申し訳ございません。私、世情にうといものでして……」
「ああ、気になさらないで。うちなんて小さな領地だから」
ダイアナは気さくな感じで片手を上げて答えた。
大量の食事を、きれいな手さばきで手早く放りこんでいく。
「ジェーン。クラーク伯爵領は、聖女を束ねる協会の総本山を有しています。
聖なる地としても名高い場所であり、人材輩出としても有名な土地です」
「聖女の総本山? 人材輩出?」
アルフレッドの説明にジェーンがきょとんとしていると、ダイアナは誇らしげに胸を反らした。
「ええ。私の家系の女性は、全員聖女になるの。領民から聖女が出るときもあるわ。
我が家、我が領地の誇りね」
「全員、聖女……。皆さま光魔法が使えるということですか?
それは遺伝によるものでしょうか? それとも土地に何か要因が?」
ダイアナは片手に持ったスプーンを左右に揺らした。
「簡単よ。あーでも……」
ちらりとアルフレッドを見た。
アルフレッドは目を伏せた。
「聞いてはならないことを聞かない術は心得ているつもりです」
「さすがミドルトン公爵様のご子息」
ダイアナは周りを窺ってから、ぐっと前に乗り出した。
「正直なところ、この学園の授業は非効率ね。
光魔法なんて、光魔法保持者から伝達してもらうことですぐに発動するのよ。
手と手を合わせて、生命エネルギーを流し込んでもらう。以上、おしまい」
コソコソと告げ、また食事に戻った。
それにしてもよく食べる。
「といっても、それは入門でもあり、最終手段でもあるのだけれど。
それに……」
ダイアナはまた食堂内を見渡す。
目を留めた先にいたのは、一人で座るニーナだ。
近くにシャーロットの取り巻きはいない。一人ぼっちにされてしまったようだ。
ジェーンは思わず目を細める。
「あの子は生まれながらの天才ね。
たまにいるのよね。出自も何も関係なく、膨大なエネルギーを自在に扱える人」
ジェーンの脳裏に、メアリーの姿が浮かぶ。
ダイアナはデザートのプディングを平らげて、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。
「昨年、私の姉が卒業したのだけれど、同級生にすごい方がいたの。
五行の魔法を自由自在に操り、その運用法も前代未聞、千年に一人いるかいないかという膨大なエネルギーを持っていたらしいわ。
<真の聖女>の到来かと言われていたそうなの」
ダイアナの顔が恍惚としてくる。
ピクリと、アルフレッドは頬を引きつらせた。
ジェーンの脳裏には、メアリーの顔がどんどん鮮明に映し出されていく。
「けど、光魔法は発動しなかったそうなの。残念よね……」
「その方ってもしかして……」
「ご存じ? メアリー様とおっしゃるの!」
「私の侍女だわ」
ダイアナは固まった。固まったまま、目だけを高速でしばたたかせる。
がしゃん、と音を立ててテーブルに手をつき立ち上がった。
「メアリー様があなたの侍女!?」
「え、えぇ……」
その勢いに、ジェーンは引いてしまう。
だが、ダイアナはがっしとジェーンの肩を掴んだ。
「会いたい、会いたい、お会いしたいわ!
メアリー様の魔法を拝見したい!!」
これはなんというか……熱烈なファン?
犬が飼い主にじゃれて尻尾を振っているようにも思える。
メアリー自身は学園生活を楽しんでいなかったようだけど、信奉者は多かったのかもしれない。
とはいえ……。
「えぇっと、たぶん嫌がると思います」
「どうして!」
「本人は、周りが騒ぐのを快く思っていなかったようなので……」
それを聞くと、ダイアナはしゅん、と席に戻った。
今度は耳の垂れ下がった子犬のようだ。
「そうよね。<真の聖女>と言われながら、光魔法は発現しなかったわけだし……」
ジェーンは違和感を覚えた。
「あの、先ほどの話では、光魔法は誰にでも扱えるのでは?」
ダイアナは、「あぁ」と前置きしてから話に戻った。
「どういうわけか、子どもならそれで発現するんだけど、ある程度の年齢になるとうまくいかない場合もあるのよ。
流し込む人は『拒まれる』って言い方をしていたわ」
「拒まれる……」
本人の意志が働いているということだろうか。
メアリーならあり得る。
なんとしても、聖女になる道を拒んだのだろう。
「メアリー様の場合は、ご本人の五行が強すぎて、他の者のエネルギーじゃ微弱すぎて意味がなかった、とも言われているわ」
「メアリーってそんなにすごいのね。魔法を使っているところなんて見たことないわ」
「なんですって!」
くわっと目を剥いた。
「あ、あるとしたら、これくらいですね」
ジェーンはポケットから三センチ四方の石板を取り出した。
「これは……?」
目をらんらんと輝かせている。
「これは、私とメアリーの連絡用。私があまり魔法に長けていないから、トントンって叩いただけで、呼び出せるようになっています。
いろいろとあって、帰りが遅くなるときに迎えに来てもらうのも悪いから、そのときは三回叩くのが合図です。
自室には、通話ができる石板もあるのですが、それはメアリーのサポートなしでは使えなくて……」
「メアリー様の、魔法陣……」
指をわしゃわしゃと動かしながら、まぶしそうに見つめる。
「これ、そんなに珍しいの?」
「いえいえ。こういった魔法道具自体はごまんとありますが、メアリー様が手ずから描かれたと思うと、こう、込み上げてくるものが……」
完全なるファンだ。
推しに遭遇してしまって挙動不審になっているファンだ。
メアリーの話はもう止めておこう。
「と、ところでダイアナ様、何かお話があったのでは?」
ジェーンが水を向けると、ダイアナはハッと身を起こした。




