金色のホシへの制裁
実技の時間になると、セドリックが岩壁を砕いたのに続いて、アルフレッドも思う存分に粉砕した。
爆音がとどろき続けている。
観客と化した生徒たちは拍手を送るものの、殺気立った二人に歓声を上げる者はいなかった。
ジェーンは、集団から少し離れたところで、ちょこんと一人立っていた。
つま先で地面を蹴る。
ノーサム伯爵家に汚名を着せるつもりなんてなかった。
ジェーンは名もなき貧乏貴族。二人は国の要人。
貧乏貴族が要人と一緒にいるなんて、そんなの「取り入ろうとしている」と思われても反証の余地がない。
レイヴンには楽しい学園生活を送ってほしい。
彼が来るまでに、いったいどうしたら……。
悩みは増える一方だ。
下ばかり向いていたジェーンだが、急に生徒たちがざわめき立って顔を上げた。
さっきから、岩の崩れる音ばかりだったのに、何があったのか……。
「ニーナ、どういうことですの!」
耳に入ってきたのは、金髪縦ロールこと、シャーロットの金切り声だ。
状況が読めず、そろそろと近くへ寄った。
魔法を放つローテーションは、ニーナの番だったようだ。
「あ。もしかして……」
ずっと煩かった爆音の中に、ニーナの魔法も入っていたのだろうか。
シャーロットの前でぶっ放して怒られているのか。
「その魔力はなんなのです! あなたは底辺のはずよね。
それとも特別授業とやらで何かあったの?
特別授業は底辺の集まりに施しを与える授業なのですか!」
相変わらず選民思想の強いお方だこと。
というか、特別授業の全員を敵に回す発言だと気づかないのだろうか。
ムッと顔を顰めている女生徒がちらほら。
例の背の高い光魔法保持者も、同じクラスだったようだ。
「あの、申し訳……」
「なに、なんですの?」
詰め寄るシャーロットに、ニーナは視線を彷徨わせる。
パチリ、と一瞬目が合ってしまった。
ニーナは逸らしたが、「助けて」と聞こえた気がして、ジェーンの職能が動き始める。
ケンカはご法度。
道端でケンカを見かけたら、警察官だと名乗って仲裁に入ったものだ。
ザッと地面を踏みしめて、ジェーンは躍り出る。
「そこまでですよ。シャーロット様」
「あ~ら、底辺集団のお仲間さんではありませんか」
芝居がかった口調が、こうもハマる人がいるのかと笑いたくなるが、ここはぐっと堪える。
「底辺というのであれば、彼女たちも底辺と罵りますか?」
ジェーンは、シャーロットを睨む女生徒たちを示す。
中にはシャーロット並、いやそれ以上に魔力に長けている者もいる。
「ふん、たまたまですわ」
うわぁ。
「バカって成長しないんだよなぁ」
後頭部を掻いたのと合わせて、思わず本音が漏れてしまう。
「バカですって! あなたは私より優れているというの?」
「そうですね。少なくとも性格は」
「殿下と公爵令息に取り入っておきながら?」
「あぁ、それは誤解ですが面倒くさいので後回しでいいです」
キンキンと喚き立てるシャーロットに対し、ジェーンはただひらすら平坦と告げる。
「ニーナさんは、あなたの“権力”が怖くて、本当の力を使っていなかっただけですよ」
「はあ?」
直球でぶつかったが、右から左へといった具合だ。
「あなたに恥をかかせないように遠慮していたんだから、とても優しい子ですよね。
そんな子に食ってかかって、それこそ恥ずかしくないんですか?」
「私のどこが恥ずかしいと?」
縦ロールを器用にかき上げる。うん、実に器用だ。
ジェーンは唇に指を当てる。
「まず、貴族ってそうやって喚いてはなりませんよね?」
「……」
「今、授業の進行が滞っているわけですが、それは校則にある『他の生徒の勉学の邪魔をしてはならない』に違反しています。
また懲罰室に行きたいんですか?」
懲罰室という言葉に、シャーロットはぎくりと体を強張らせた。
生徒たちのあいだにも「懲罰室?」「それってどういうこと」とコソコソと言い合う者が現れた。
これは使える。
「あ! 懲罰室行きはひと晩で事が済んだから、表沙汰になってないんでしたっけ。
これは失礼いたしました。
私の教科書を切り刻んでゴミ箱行きにしたなんて、誰も知らなかったですよね」
ジェーンは懲罰室の顛末など知らなかったのだが、案の定、どよめきは大きくなる。
「ニーナさんに対しても、営業権だか経営権だかを盾にいつもこうやって意地悪ばかり。
それが民を治める貴族、ましてや侯爵令嬢としての在り方ですか?
領民が不憫になりますわ」
バチン――
左頬を平手で張られた。
見えたし、避けられたが、ここは甘んじて受け入れた。
そして、「あァァ!」と、地面に倒れ伏す。
棒読みになってしまった気がする。
「ジェー……」
駆けつけようとするアルフレッドを、セドリックが腕で制した。
「今は出るときではない」
「……」
セドリックは口惜しそうに歯噛みする。
ジェーンは地面に倒れ込んだまま、頬に手を当て、
「酷いですワァ!」
と、下手くそな演技で言ってみせた。
「ニーナさんにも、こうやって意地悪をなさっていたのですね!」
「……っ」
シャーロットはたじろいでしまう。
カマをかけただけだが、これはクロだ。
簡単に見破られるようなこと、しなければいいのに。
いや、見られていようと構わないのか。それが貴族と平民の身分差。
とはいえ、風向きは変わりつつある。
生徒たちが、シャーロットに嫌悪の目を向け始めたのだ。
「いくらなんでも打つなんて」「暴力はよくありませんわ」「平民相手だからって」
階級意識はあるようだが、みんなシャーロットの横暴さに気づいただろう。
ジェーンはわざとヨロヨロと立ち上がり、シャーロットの向こう側で萎縮しっぱなしのニーナに優しく語りかけた。
「ニーナさん、あなたってば立派だわ。
こんな横暴に耐えて、実力を持っているのに目上の者を立てるように気を遣って。
とても優しい人なのね」
ニーナは弾かれたように顔を上げる。
「あ、あ……」
「なあに?」
ジェーンが問いかけると、ニーナの瞳からハラハラと涙が零れる。
(あ~また泣かせちゃった)
「……あの、私、先生に、お叱りを……。
本来の力をより伸ばしていくのが魔法学園だと。
力の出し惜しみは、授業を怠けていることと変わらないと……」
なるほど。特別授業のあとの呼び出しはそれか。
ニーナは、呆然としているシャーロットに向かってガバリと頭を下げる。
「も、申し訳ござい――」
「なんで謝るの?」
ジェーンは食い気味に、だけどなんてことのないように言った。
「シャーロット様が、あなたに本来の実力を使わないようにと圧力を掛けたのでしょう。
つまり不正を働かせた元凶はシャーロット様。悪の親玉ってところかしら。
嫌々従っていただけなのに、なぜ謝る必要があるの?」
「な……。言いがかりもいい加減に――」
言葉の尽きかけたシャーロットが、それでも言いすがろうとしたときだった。
空気が変わった。
静観していたセドリックが、悠然と歩み出る。
ゆっくりと、ゆっくりと。
一歩進むたびに、生徒たちは道を開けるように後ろへ下がる。
「話は聞かせてもらった」
全員の前に立つと、低い声で告げた。
「領民への横暴は捨て置けん。
フリン侯爵家について、検めさせてもらう」
シャーロットの顔からさめざめと血の気が引いていく。
「で、殿下……」
「歯向かうか」
射殺すような、冷たい声。
「……」
「貴殿はもう帰れ。他の生徒の邪魔だ」
あまりの圧力に動けないシャーロットを、セドリックの護衛が捕縛する。
セドリックはニーナに向き直った。
「ニーナと申したな」
「は、はい」
ニーナは慌てて地面に膝をつこうとするが、
「そのままでいい」
と言われ、中途半端な姿勢で固まってしまった。
セドリックは、柔和な笑みを浮かべる。何度も練習したような、作り物の笑み。
「素晴らしい魔法だった。
この魔法学園は、この国の将来を担う若者を育成する場。
しっかり頑張ってくれたまえ」
「あ、あ、あ、ああありがとうございます!!!」
くるりと身を翻すと、セドリックはまず教員に声をかける。
「先生、授業の時間を妨害してしまい、申し訳ございません」
「もったいないお言葉です」
今度は生徒たちのほうに向き直り、
「さあ、再開しようではないか」
と大仰に両手を開いた。
その背中を、ジェーンは半眼で睨みつけた。
(結局、権力者のひと声で、物事は動くのね……)
小さいホシは捕まえた。
あとは、被害者のケアといったところだが、そこまで関与すべきかは、まだ考えなくていいだろう。
というより、これよりしゃしゃり出て、また何か言われでもしたらたまったものではない。
ジェーンは一人、拳を握りしめた。




