社交界での事件2
ジェーンはハッと息を呑み、レイヴンとアルフレッドが引きつった小さな悲鳴を上げる。
しかしその声も、倒れ込んだミドルトン公爵の悲痛な叫び声によってかき消された。
体は痙攣し、手は空中を掻く。
華やかな賑わいは一瞬のうちに立ち消え、会場に恐怖の色が走り抜ける。
「呪いだ」「どうしてミドルトン公爵が」「何が起こったの」
ジェーンは素早くヒールを脱ぎ捨て、ミドルトン公爵に駆け寄った。
弓なりに反って悶えるが、何とかその体を押さえて口元に鼻を寄せる。
感じ取れたのは苦みとアルコールのみ。
青酸系の毒物ではなさそうだ。
(とにかく吐かせなくちゃ)
それと同時に、会場に向かって大声を上げた。
「屋敷の封鎖を! 誰も外に出さないで、何も食べたり飲んだりしないで!
レイヴン、医者を呼んできて」
「姉さん……?」
「早く!」
怒鳴りつけると、ジェーンはミドルトン公爵の喉に指を突っ込んだ。
「君、何をするんだ!」
アルフレッドがギョッとしているが、それどころではない。
嗚咽と一緒に、胃の内容物が吐しゃされる。
来場者たちは「うっ」とおぞましげに目を背け、壁際に離れていく。
(とにかく吐かせて、あとは……)
そこで、ジェーンはハタと気づく。
この世界に、前世と同じ医療レベルの救急隊などいない。
(どうしよう。救急なんて、毒物が特定できなければどうしていいかわからない……)
考えろ、考えろ……。
もしあのドリンクに毒が入っていたのなら、症状が出るまでに数分は掛かっている。
苦みのある匂い。
四肢の痙攣。
顔色の変色。
(そうだ、脈や瞳孔は……)
倒れるミドルトン公爵のスカーフを外し、頸動脈に指を当てる。速い。
瞼を開け、火魔法で指先をペンライト代わりにし、瞳孔を確認する。拡大している。
「ミドルトン公爵、聞こえますか」
応えるように息をするが、ヒューヒューという呼吸が痛々しい。それでも意識はある。
(もしかして……。〝現代〟の事件では滅多にお目にかからなかった。
だから仮説でしかないけれど……)
「……ストリキニーネ」
ジェーンはぼそりと呟いた。
「え?」
背後でアルフレッドが怪訝そうに眉を潜める。
「気道を確保します。アルフレッド様、手伝ってください」
さすがに十四歳の少女の力では、成人男性を動かすことはできない。
足掻くミドルトン公爵の足を持つように指示を飛ばし、ジェーンは頭を持って顎を持ち上げる。
二人でゆっくりと横向きにし、頭を固定して気道を確保する。
「ミドルトン公爵、落ち着いて、ゆっくりと呼吸をなさってください」
「姉さん!」
「レイヴン」
弟分の姿に、ジェーンはつかの間、安堵のため息を漏らした。
後ろにはローブをまとった聖女たちが控えている。
「レイヴン、ここを変わって。
気道を確保できるよう、喉から肺が真っ直ぐになるように頭をしっかり押さえてね」
「わ、わかった……」
「それと、鎮静剤……はないのか。
えーっと、ベッドに運んで、あまり体を動かせないように絶対安静にして!」
レイヴンは戸惑っているが、ジェーンにはもうひとつやらねばならないことがあった。
犯人の確保だ。
ざっと会場を見回すが、さっきの給仕係の姿はない。
裸足のまま、ドレスのスカートをたくし上げて会場を飛び出した。
周りの目は痛いが、気にしてなんかいられない。
厨房を目がけて一目散に廊下を駆け抜けて行く。
廊下にも人はいるが、ジェーンの様相に誰もが怯んで道を開ける。
「いた」
刑事として、服装や装飾品ではなく、顔や体の形、動きの癖を見ろを叩き込まれた。
少し下がった左肩。耳の形。盆を持つ手の中指の第二関節が太いことも一致している。
前傾姿勢で向かって来るジェーンに危機を察知したのか、給仕係は逃げを打つ。
ガシャン、と盆とグラスが床に落ちて割れる。
踏んだらしい。足の裏に鋭い痛みを感じたが、ジェーンは彼に飛び掛かる。
肩を取り、腕を捻じって素早く背中に押さえつける。警察お得意の逮捕術だ。
「あのドリンクに何か入れたのはお前か」
「ひっ」
「言え!」
さらに腕に力をこめると、給仕係はあっさりと口を割った。
「ジ、ジョイラス様に、強壮剤になるからミドルトン公爵にお出ししろと言われたんです!」
「ジョイラス……」
噂に聞く。貴族出身ではあるが、辺境の地や諸外国を渡り歩くならず者だ。
「今、ジョイラス氏はどこにいる」
「ここにはいない! 先日屋敷を訪問されたときに渡されただけで」
「なぜ疑いもせず命令に従ったんだ!」
「貴族には逆らえませんよ!
それに、私は強壮剤だと聞いただけで、まさか呪いの水だなんて思わなかったんです」
「……」
呪いの水。そうか、この世界のこの時代では、毒物ではなく呪い扱いになってしまうのか。




