禁書2―セドリックとジェーン1ー
「それで、ジェーン嬢はどうしてそんなに怒っているんだい?」
「身分差について考えていただけです」
ソファに座り、テーブルに禁書を入れた箱を鞄から出しながら口早に言った。
「ほう?」
セドリックも対面に腰かける。
「私の育ちは平民と変わりません。
教育だけはノーサム伯爵のご厚意で受けさせていただきました。
ですから、貴族の特権階級がそんなに恐ろしいものか、なぜ生まれが特権階級だっただけで偉いのかと理解できないのです」
机に箱を置くも、それを見つめたまま、顔を上げる気配はない。
「ふむ。それを私に聞くのは無意味と思わないか?」
「そうでしょうね。殿下のひと声で、死人も出ましょう」
「暴君になる気はないよ」
「それはよかったです」
淡々と言っていたが、ふいに顔を上げた。
「そういえば、これはどのように開けるのですか?」
言いたいことは言い尽くしたらしい。
「何をせずとも、普通に開ければ開くさ」
セドリックが言うと、ジェーンは再度じっと箱を見つめる。
見た目はただの木箱だ。長方形に蝶番がついただけの作り。鍵がついているわけでも、紐でしばってあるわけでもない。
ただ、正面に魔法石が埋め込まれている。
ジェーンはおずおずと手を伸ばした。
音もなく、蓋が開く。
ジェーンは、ふーっと長い息を吐き、ぐっと唇をかみしめる。
おそるおそる、慎重に禁書を取り出した。
今にも裂けて崩れ落ちそうな羊皮紙の書物。
忘れられた、だけど決して破棄しなかった、王族が保管していた情報、知識。
表紙を捲ろうと近づけた手が、にわかに震える。
「怖いのかい?」
ジェーンはそろりと呼吸を整えてから答えた。「はい」と。
「どうして?」
「禁書になったのには、何かしらの意図があったのですよね。
殿下の祖先にあたる、当時の為政者の……。
ここにある情報が、はたしてどのようなものなのか。
私ごときが、知っていいものなのか……」
声が強張っている。
「それに、なぜ封じられていながら、ジョイラス氏は? 狙いは――?
私はそこまで踏み込んでいいのでしょうか」
そこまで言うと、押し黙ってしまった。
本にかざしていた手を、膝の上に戻す。
「ずいぶんいろいろと考えたようだね」
「いけませんか?」
真っ直ぐに、刺すような目線がセドリックに向けられた。
それをしっかりと受け止め、セドリックは腕を組んで背もたれに体重を預けた。
「君はただ、夢のお告げとやらで見た知識と、この禁書の内容が一致しているかどうか、それだけを検証することもできたはずだ。
だけど、その周辺情報を洗おうとしている。自ら踏み込んでいるとは思わないのかい?」
「これを検証したのちに何が起こるか、天秤にかけただけです」
セドリックは「続けて」とでも言うように顎をしゃくる。
「私が知っていたことと、ジョイラス氏が知っていたことが同じとなれば、私にジョイラス氏とのつながりがあると――つまりはミドルトン公爵殺害の嫌疑がかかってもおかしくありません。
一介の小娘がそんなことを企てるでしょうか。
ただの手駒にすぎないと判断され、それこそ私の周辺が洗われるでしょう」
前世の自分なら、そうしただろう。
もし傷害や不審死があれば、担当したのは自分の配属先――捜査一課――。
だけど、その実行犯を手引きしている犯罪組織があれば、別の係――捜査四課――にも捜査に入ってもらったはずだ。暴力団が絡んでいるならばなおさら。彼らの捜査手腕のほうが圧倒的に熟達していて、アンダーグラウンドとのつながりもある。
周辺情報を洗うために、小者を泳がせることもある。
時にはホシ――犯人――を巡ってぶつかることもあった。
(今、私は小者として泳がされている段階だ)
「違いますか?」
「……参ったね。こちらの考えはすべてお見通しのようだ」
セドリックは大げさに両手を開いた。
「君のその知恵にこそ、驚かされるよ」
「……」
「私からも聞きたい。
自分が疑われているとわかっていながらも、その本を読もうとしている。
読んでいないと主張することだってできたのに」
ジェーンは苦笑する。
「読んでいないという証拠は出せません。
ですが、私の周り……学園内であれば、侍女に嫌疑が及ばないようにと思ったまでです」
「なるほど。ではなぜ、あえて読もうと思ったんだい?」
「この国のことをもっとよく知るためです」
即答だった。
これにはセドリックも虚を突かれた。
何かを背負っている者の言い様だ。自分を平民と変わらないと言う娘なのに。
「……どうして?」
「どうして、ですか? 知らなければ何もできません」
「何をする気だい?」
しかし、すぐに居住まいを正して剣呑な目を向ける。
セドリックとて、ジェーンを反乱分子とは思いたくない。だが、“何も”とはまさに、反乱を匂わせる。
「女の職業が少ないことが気に食わないんですよ!
ですから、この国の制度についてもっと知りたいと思ったのです!」
ところが、ジェーンは不貞腐れたように声を上げた。
握った小さな拳で宙を叩いている。
「……は?」
「どうして女性は騎士団に入れないのですか! 法曹局員にはなれないのですか!
光魔法が発現したら聖女一択? なんでですか!」
何を言っているのだ、この娘は。
「ち、ちょっと待て……」
片手でジェーンを制して、もう片方で頭を抱える。今の彼女の言葉を整理するが……。
「何を言っているんだい?」
としか、答えようがなかった。
「そういうところが気に食わないのです!」
ジェーンは、ますます不貞腐れた子どものようにソファにどっかりと座り直した。




