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特別授業1

 特別授業と銘打って集められたのは、放課後の特別教室。


 大階段のある一般教室とは異なり、手洗いのついた四人掛けの大きなテーブルが並んでいた。ジェーンにとっては、「理科室」のような印象を受ける作りだった。

 黒板のある前方が生徒用の席。誰がどこに座るのか定められていて「班」のような形になる。集められたのは、ざっと見たところ十五人ほど。


 後方のテーブルには植木が乗せられている。

 光魔法の授業だと知らされたのは、授業が開始してからだった。

 それを聞いた女生徒たちの反応はさまざま。


 既に光魔法を発現していて、「やっぱりね」と鼻を鳴らしたり、得意げな笑みを浮かべたりする者。対して、光魔法を発現していない、もしくは自覚していない者は不安げな様子をしている。

 テーブルごとに、発現済みと未発現の者とで分けられているらしい。


 ジェーンは未発現のグループにちょこんと腰かけ、隣で俯くニーナの横顔を盗み見ていた。


(シャーロットのグループで、彼女だけが候補生なのね。嫌な目に遭わされないといいけれど……)


 視線に気づいたのか、ニーナはちらと目を上げるも、すぐに逸らしてしまった。

 関わり合いになるのを恐れているのか、罪悪感かは、ジェーンにははかりかねた。


 女性教員の光魔法に関する説明は、ほとんどメアリーが教えてくれた内容と変わらなかった。ただ、「国と民への奉仕」だの、「選ばれた者のみ」だの、「高潔なる者」だのと、聖女に関する思想教育まで入ってきたのはウンザリした。


 これでは、メアリーが嫌になるのも納得できるというものだ。

 ジェーンは胸の奥でため息を呑み込んだ。


「では、これから後ろの席に移動して実践していただきます」


 そのひと声に、ガタガタと椅子が引かれる。

 実践の基礎としては、植木を育てたり、動物を眠らせたりできれば合格らしい。今日は植木というわけだ。


 光魔法発現者は悠然と先を行き、そうでない者たちが後に続いた。

 先陣を切った背の高い女生徒が植木に手を添える。

 その様子を全員が固唾を呑んで食い入るように見つめた。

 ぽわん、と幹と枝葉の輪郭が光ったかと思うと、にょきにょきと伸びていく。


「すごい!」


 ジェーンは思わず声を上げたが、他の生徒たちも同様だ。

 色めき立った声が教室内に木霊する。


「当然よ! 怪我だってもう充分に治せるんだから!」


 そう言って、長い首をしなやかに傾けた。ポニーテールにまとめられた、青い髪が揺れる。

 教員も満足そうにうなずいている。


 植木は五つ。各グループで順番に実践していく流れのようだ。

 ジェーンは植木に手を当ててみたものの、何も起こらない。何も感じない。


(いや。そもそも私の魔力は平均中の平均。できるわけないじゃない)


 教員からは、

「候補生の中には発現に時間のかかる方もおります」

とのフォローが入った。


 ジェーンのグループで最後に並んでいたのは、ニーナだった。

 下を向いて、植木に近づくのを躊躇っている。


「どうしましたか、ニーナさん。あなたの番ですよ」

「は、はい……あの……」

「最初はできなくても大丈夫です。まずは全力で生命エネルギーを感じるよう心掛けてください」


 教員に促され、おずおずと指先だけ触れるが、すぐに離してしまう。

 肩越しに教員のほうを振り返るその瞳は、何か思うところがあるように揺れていた。

「早くなさい」

「あの、先生お窺いしたいことが……」

「なんですか」


 教員の声は少しずつ苛立ちまじりになってきた。


「ここでの成績は、他の生徒に発表されるのでしょうか?」


 消え入りそうな声で、そう問いかけた。


 教員は不審げに眉根を潜めたが、

「そんなことはありません。光魔法は特別なのです。ここでの授業の成績は、公式には秘匿されます。

 ですが、だからといって手を抜いていいわけではありません」

と端的に答える。


 ニーナはしばし考え込む様子だったが、「はい」と短く答えて、手を添えた。

 途端に、その手から光の帯が発し、それは暴発するように肥大化して教室中を眩しい光に包み込んだ。

 そこここから短い悲鳴が上がる。

 ミシ、ミシ――何かが軋む音。


「ニーナさん、お止めないさい。天井が――!!」

 教員の焦った声が、遠くから響く。

 ニーナにはその声が届いたのか、次第に光は収束していった。


 そして、そこには……。

「木、だわ……」

 誰かが呟いた。


 枝はあらゆる方向へと隆々と伸び、幹は天井にぶつかり小さな亀裂を作っていた。

 教室内の女生徒たちは、それを呆然として見上げている。

 教員も目を白黒させていた。


 ニーナは焦ったように振り返り、深々と頭を下げた。

「も、申し訳ありません!」

 教員はしばし口を真一文字に結ぶと、場を取り繕うようにわざとらしい咳払いをした。


「少しお聞きしますね」

「はい」

「頭はお上げなさい」


 言われて、ようやくニーナは上体を起こすが、視線は床を見つめたままだ。


「受験時やこれまでの成績によると、あなたは潤沢な魔力を持っている。

 一方で、使いこなせるまでに至っていないとありました。

 しかし……」


 教員は生命力あふれる木を見上げた。


「これを見る限り、既に光魔法を発現していて、かなり膨大な力を扱えるようです。

 どういうことか、説明できますか?」

「……」


 教室中の視線が、ニーナの黒髪に注がれる。


「……申し訳ありません」

「説明を求めているのですよ」


 今にも泣き出しそうだというのに、教員は急き立てる。

 教室内も「いったい何なの」「どういうこと」とざわつき始める。

 嫌な雰囲気だな、とジェーンは目を伏せた。


 これまで一緒に受けた授業を思い返しても、ニーナは特にこれといって目立ったところはなかった。

 ジェーンと同じように、どの魔力もまんべんなく使えて、威力は平均的。


 中には、五行の中でどれかが突出していたり、ほとんど扱えなかったりという人もいる。

 訓練で伸ばすことはできるものの、生まれ持った才能によるところも大きい。


 だから、爆発的な魔力を扱えるなんて相当な才能の持ち主か、訓練の賜物だ。

 授業で目立っていたのは、圧倒的にセドリックとアルフレッド、それから……。


「あ……」

 ぽろりと零れた声に、近くの視線が集まる。

 遠くにいる生徒は気づいていないようだが、教員はめざとくジェーンを捉えた。


「どうしましたか、ジェーンさん」

「あ、いえ、その……」


 水を向けられ、今度は教室中の注目を浴びてしまった。

 だけど――

 ジェーンは深呼吸して、背筋をピンと伸ばす。

 新米刑事のころの、舐められないために意気揚々と報告したように。


「ニーナさんは、他の生徒をかばっていらっしゃるのだと思われます!」

 ニーナはハッと顔を上げた。

「かばう……?」

「はい」


 しっかりとうなずき、それから真っ直ぐにニーナを見つめた。

 今度は目が合う。顔には「止めて、言わないで」と書いてある。

 だけど、ジェーンとしては捨て置けない。言葉を選ばなくては。


「大変失礼ながら、ニーナさんの生まれは貴族ではありません。

 わたしたち貴族からしたら、平民がわたしたちよりも成績が抜きん出ているとしたら、どうでしょう」


 あえて、<わたしたち>を強調する。

 アルフレッドとセドリック以外に目立っていたとすれば、あの金髪縦ロールのシャーロットだ。だけど、シャーロットの名前を出したら、ニーナの居場所はなくなってしまう。


 彼女の名前が出なかったことに、ニーナは目を瞠った。胸元のスカーフをぎゅっと握りしめている。


「この魔法学園は平等を掲げているとありました。

 ですが、入学間もない現時点で、貴族がそれを容易く受け入れられるでしょうか」


 教員は「嘆かわしい」とでも言いたげに鼻を鳴らした。


「残念ながら、あなたの言いたいことはわかります」

「ですから、ニーナさんは、わたくしたちをかばって、強大な魔力を少しずつ発揮していく予定だったのではないでしょうか。

 ですが、光魔法は聖なる力。さすがに隠匿は冒涜だと考えたのだとお見受けします。

 以上です!」


 心の中で敬礼をして、一歩下がる。敬礼をするのは制服警官と相場が決まっているのだが。

 教員はニーナを探るようにまじまじと見つめる。


「……ジェーン様のおっしゃるとおりです。偽っていて、申し訳ありません」


 何かにつけて謝ってばかりだが、ニーナはその話を受け入れた。

 教員はここぞとばかりに深くため息を漏らすと、教室内をぐるりと見回した。


「ここに出自の差で階級意識を持つ者がいるなら、考えをあらためなさい。

 聖女は国の宝であり、誰からも尊敬される人でなくてはならないのです。

 魔法学園は未来の聖女を育成する場でもあります。いいですね」


 語気強く言い放った言葉に、女生徒たちは神妙な面持ちで顔を見合わせる。おそらくほとんどが貴族出身なのだろう。

 教員はそっとニーナの手に肩を乗せた。


「あなたには素晴らしい力が備わっていることはわかりました。

 ですが、これまでの成績が偽りとなれば、評価を変えねばなりません。

 あとで私の部屋まで来るように」


「……はい」

「さ。授業を続けますよ」

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