実技開始1
魔法の実技授業は、校舎から離れただたっ広い広場で行われた。
地面は土が押し固められていて、周りは林で囲まれている。
「四方には魔法壁が設けられている。思う存分、力を発揮してくれたまえ」
というのが、教員の言だ。
土・水・火・風・雷の順に、教員が魔法で用意した岩に魔力を当てる。
それが最初の講義内容。
岩に魔力が届いたら及第点ということだった。
(ノーサム伯爵家で教育を受けさせてもらってよかった)
レイヴンと一緒に取り組んだ訓練と同じ内容だったことに、ジェーンはホッと胸を撫で下ろした。
あまりに無様な姿を見せたら、後ろ盾のノーサム伯爵家の顔に泥を塗ってしまう。
ジェーンは顔の大きさサイズの石を作り、岩に向かって放った。
なんとか的中。
クラスメイトも、一年生ということもあって同じような力量のようだ。
「あら。口は達者なのに、魔力は大したことないのですね」
そんななか、嫌味を言ってきた人間もいる。
例の金髪縦ロール、シャーロットだ。
後ろに、懲罰室行きとなった四人を引きつれている。
やはりシャーロットがこのグループのリーダー格である。
黒髪のニーナはというと、一歩下がって、居心地悪そうにしている。
(嫌がらせにあっていないようでよかった)
自ずと、ジェーンの顔がほころぶ。
「何にやけけているの!」
「あら。失礼いたしました。そうですね。私の魔力は普通ですので」
「それなのに、あんなに偉そうに。
見ていなさい!」
シャーロットは自分の番が回ってくると、いきり立って魔法を放った。
ガシッ――という炸裂音とともに、岩の表面に亀裂が入る。
クラス中から「おぉ!」と感嘆の声が上がった。
取り巻きの女生徒たちがキャーキャーと騒ぎ立てる。
「どうかしら」
ふふん、と髪をかき上げるシャーロット。
ジェーンは内心で面倒くさいと思いながら、
「すごいですねぇ」
と、棒読みでパチパチと手を叩いた。
ジェーンとしては、魔法に長けていようが不得手であろうが、将来に役立つわけでもないのに、とあまり関心がないのだ。
男性なら尊敬されるし、騎士団や法曹機関で役立てることもできよう。
それこそ出世して爵位を上げられるかもしれない。
女など、どうせ自分の子どもに教えるか、上位貴族の家庭教師になるのがいいところだ。
(階級社会って、つまんない)
「ジェーン」
足元をジタバタとさせて地面を蹴っていると、人影で視界がふっと暗くなった。
アルフレッドが心配そうに覗き見ている。
「魔法など、いくらでも上達します。お気になさらず」
「まったく気にしておりませんわ」
反射的に答えてしまう。
「ならいいのですが。
それにしても、シャーロット殿は懲りておりませんね」
「無理ですよ。そう簡単に人は変われません」
犯罪や悪事に手を染めてしまう人間には、いろいろな傾向がある。
いつの時代も犯罪心理学は複雑だ。
それでも、シャーロットは自分の地位によって横柄な態度を横柄とも思っていないタイプだろう。
無自覚のアイデンティティ。相手にしても仕方ない。
ジェーンは何の気なしに、シャーロットの周りではしゃぎ立てるクラスメイトから距離を取った。
「本当につまらない」
そう呟いたときだった。
ドゴン――
盛大な音を立てて、岩が崩れ落ちた。
誰もが呆気に取られたように口を噤んで、一斉にそちらを見やる。
アルフレッドだった。
「ははは。やるじゃないか、アル」
一人だけ、楽しそうに声を上げる。
「殿下、ありがとうございます」
「私も負けていられないな」
セドリックはそう言って、意気揚々と位置についた。
「先生、もっと大きな岩でお願いします」
言われて、教員は、高さ十メートルはありそうな、崖とも思えるような巨大な岩を繰り出した。
他の生徒の実技などろくに見ていなかったジェーンも、思わず身を乗り出して食い入ってしまう。
セドリックは掌を上に向けると、そこに力を溜め、小声で呪文を唱え始めた。
みるみるうちに、直径三メートル程の岩が出現する。
そして軽くブンッと手を振ると、矢を射るような速度で崖にぶつかり両者ともに砕け散った。大きさは違うが、加速によって威力が増したのか、それとも両者の強度が違うのか……。
ガラガラと岩が崩れる音が響き、土煙が上がる。
辺りは静寂に包まれた。
どこからか、遠慮がちにパチパチと手を叩く音が聞こえ、それがさざ波のように広がった。
「すごいですわ!」「さすがセドリック殿下!」
あっという間に、熱っぽい声が響き渡る。
アルフレッドはセドリックの側に寄り、「お見事です」と声をかけた。
「アルだって遠慮しなくていいのに」
そう言うと、こそりとアルフレッドに耳打ちした。
「本当は、シャーロット嬢をぎゃふんと言わせて、ジェーン嬢にいいところ見せたかったんだろう」
「……」
「しかし、私もまだまだだな。
大きな力を使おうとすると、どうしても時間が掛かる」
姿勢を正すと、自分の掌を見つめ、事もなげに言ってのけた。
「それは私も同じです。
授業時間内でのローテーションを考えると、あそこまでしか出せませんでした」
「そうか。それは浅慮だった。
学園生活というのは難儀だな」
ジェーンはそんな二人を遠きまきに見て、
「あの人たち、化け物なんじゃないかしら」
と呟いた。
ついでに、あんな人たちに啖呵を切って、監視対象になってしまった自分を呪ったのだった。
お気に入り・評価いただけると励みになります。
お気軽にポチッとしていただけると嬉しいです!




