休日2―デートと宝石店の火事2―
「は、はい。わたくしですが、あなた様は?」
黒焦げたカウンターで項垂れていた中肉中背の男が駆けて来た。
「少し聞きたい。この店はダイヤモンドの専門店ですか?」
ジェーンは硬質な声で問い質した。
「いいえ。そんなことはございません。
ダイヤモンドはもちろん、ルビー、サファイヤ、エメラルド、各種取り揃えておりました」
店主はおろおろと答えた。
この惨状に頭を抱えている、といった様子ではある。
だけど、ジェーンには店主の話で、それが演技ではないかという疑念が膨らんだ。
「鑑定書も一緒に燃えたのですか?」
「いえ。鑑定書は地下の金庫に保管しておりましたので……」
「無事、ということですね。では、保険請求はできそうですね」
店主はがっくりと肩を落とす。
「はい。それだけがせめてもの救いですね。
これだけの宝石が一気になくなるなんて……」
ジェーンはまじまじと店主の様子を見つめる。
さて、どう話を運んだものだろうか。
一度、同情を示してみよう。
「地下の金庫というのは、不幸中の幸いでしたね」
慰めるような柔らかな笑顔を浮かべた。
「ほかにも、大事なものはそちらに? 現金などは無事でしたか?」
「いえいえ。金庫といっても小さいものですから、入れていたのは書類関係です」
結構簡単に口を割ってくれる。
貴族相手だからだろうか、それとも被害者だから後ろめたいところがない、というのだろうか。
ジェーンとしては、書類の内容が気になった。
ストレートではなく、周りから攻めるか。
「そうですか。建て直すのも大変かと思いますが……」
「お気遣いありがとうございます」
「ところで、書類関係というと、顧客名簿などですか? 焼失していたら大変でしたね」
「そうですね。あとは経営権利書や、賃貸契約書が残っていたのは幸いです。
経営権利書がなくなると、再発効までに時間が掛かりますから」
王都の事情はよくわからないが、領主が治める地方とは事情が違うのかもしれない。
だけど、それはひとまず後回し。もうひとつのほうが気になる。
ジェーンはぐるりと店内を見回した。
「ここは借家だったのですね。
しかし、店舗も宝石も失って……再開や、資金繰りにも骨が折れそうですね」
「えぇまあ。ただ、ほかにも最近借りたばかりの借家があるので、そちらで何とかやっていければと……」
ジェーンの口角が上がり、獲物を捕らえるような鋭い目つきに変わる。
「なるほど。では、本物の宝石はそちらに避難させることは可能ですね」
ピクリ、と店主の肩が跳ねる。
「ジェーン、どういうことです?」
「アルフレッド様は宝石にはお詳しいですか?」
「恥ずかしながら、社交界のマナー程度で、それほどでは……」
ジェーンは気にしないで、とばかりにうなずいて、説明に入る。
「あくまで仮説でしかありませんが、宝石店で火事という点に疑問を感じたんですよ。
あまり多くない事例ですよね。
もしこれが強盗による犯行なら、店主がいないときに外壁とショーケースを壊す道具や魔法によって乗り込むはずです。
もちろん、証拠隠滅のために強盗が放火する可能性はありますが……強盗が盗んだあとに放火したのなら、なぜ石は残っているのでしょう。
辻褄が合わないのではないですか?」
ジェーンは店主を睨めつけた。
「こ、今回はたまたま店舗に火が上がっただけで、だから何だと……」
「保険請求詐欺」
サラリと言った言葉に、店主の顔がひきつる。
「……といったでしょうか」
ジェーンはケロリと言ってのけた。
そして、真っ黒になった石をハンカチで摘まみ上げる。
煤を払っても、炭化して黒くなったというより、川べりに落ちている石ころのような佇まいだ。
もちろん、本当に炭化したのであれば、専用の洗浄液がないと確証は得られないが……。
「宝石店のあなたが、ご存じないはずありませんよね。
ルビー、サファイヤなんかは、火に強いのです。
特にルビーは高温にかけることで鮮やかな色を増し、それを好む愛好家はおります。
違いますか?」
「…………」
「ダイヤモンドは炭素でできていますから、確かに黒ずんでしまいます。
とはいえ、ルビー、サファイヤまで、どれもまったく同じような状態になるのでしょうか?
よろしければ、後学のためにご教示いただけますか?」
「…………」
店主は相変わらず黙ったままだ。
言い訳も出てこないのか。
ジェーンは呆れて鼻から息を漏らす。
「事件というのは、誰が得をするか、を考えるのが最も早く犯人に辿りつけるものです。
そして、誰が実行可能か、もね。
宝石を誰にも疑われずにイミテーションと交換できるのは誰か、店主です。
店主なら新しい店舗への移動も可能。
焼け残った鑑定書、保険請求、賃貸契約書。
それだけ揃っていれば、あなたの自作自演を疑いたくもなります」
「し、証拠はない!」
ずいぶん荒っぽい口調だが、店主はようやく声を上げた。
元刑事としての経験上、「やっていない」ではなく「証拠はない」との弁は、お粗末な犯人の言い分だ。
(とはいえ、確かに現状では疑惑のままね)
「新しい店舗にある宝石を、別の鑑定依頼に出し、金庫に残っていた鑑定書と突き合わせる。
一致していれば、それが証拠です」
「そ、そんなこと……!」
店主は目を血走らせて、ジェーンに手を伸ばした。
「ジェーン!」
アルフレッドがあいだに入ろうと躍り出る。
だが、ジェーンはそれより速く、店主の手を片手で払い、態勢が崩れたところで、腕を掴んで後ろに回り込んで背中で固定する。
「い、いたっ……」
「往生際が悪いですね。
確かに、私の話は仮説でしかありません。
違うと仰るなら、申し上げたように、鑑定書との突き合わせをすればいいのでは?
疑いをかけられてから、残った鑑定書を処分したら、より疑いが強まるだけですよ」
「ご令嬢、そのお話は本当ですか?」
店の前に、フォーマルな装いの男性が二人立っていた。
見流行り役の騎士が、その後ろについている。
「あなた方は?」
「保険会社の者です。
今の話が本当であれば、我々のほうで新しい店舗の宝石を鑑定に出しましょう」
「そうですか」
言って、ジェーンは拘束したままの店主を前に突き出す。
「この男の処罰はどうなりますか?」
見張り役の騎士が前に出た。
「放送機関を呼びます。
貴族の方にはご迷惑をおかけできませんので、お早めに去られたほうがよいかと」
「お気遣いありがとうございます。
その前に逃走しないよう、縄か何かで縛り上げたいのですが、お持ちではないですか?」
軽い口調のジェーンに、男たちは絶句する。
「わ、私が変わります」
見張り役は焦ってジェーンと入れ替わった。




