休日2―デートと宝石店の火事1―
王都の城下町では、石畳の路に、煉瓦造りの建物が軒を連ねている。
商店エリアを歩くと、カラフルな看板やガラス窓が目についた。
ジェーンはガラス窓から見える衣服や装飾品に心を躍らせ、メアリーの手を引いて中へと入って行った。
「お小遣いはもらっているの。
メアリーだって侍女のお仕着せだけじゃあもったいないでしょ!」
そう胸を張ると、自分とメアリーの洋服をあれこれと手に取り、試着室へとなだれ込んだ。
アルフレッドはドアの前で待ちぼうけだ。
「じゃーん、どうかしら。
白いフリルなんて、北部じゃあすぐに汚れるから着づらかったのよね」
メアリーの前で周って見せるが、アルフレッドはその上品なあしらいに包まれたジェーンに頬を赤く染めた。
「とても良くお似合いです。ただ、それですとあまり暴れ……運動はできないのでは?」
「……それもそうね」
唇に人差し指を当てて考え込む。
「私、髪色が派手だから、色物ってあまり似合わないのよね」
手に持っているのは、白のほかには黒や紺、ブラウンといった控えめな色だ。
「でも、メアリーは明るい色が似合うと思うわ!」
エメラルドグリーンや黄色のワンピースを渡して、メアリーを試着室へと押し込む。
カーテンを開けて出て来たメアリーに、ジェーンは歓喜の声を上げる。
「私の見立て通りね! とても良く似合ってる」
「そうでしょうか。このような華やかなお色は……」
「何言っているのよ!
メアリーってとっても美人なんだから、お仕着せみたいな地味な服じゃあもったいないわ。
私のはまた今度にするから、これを買って着替えさせてもらいましょう」
会計を済ませて、試着室で着替えを待つあいだに、アルフレッドがジェーンの側に寄ってきた。
「あなたの白いワンピースもよくお似合いでした。
よろしいのですか?」
「いいんです。基本的に制服ですから。
というか、五メートル以上離れてください」
「……すまない」
アルフレドは身の置き場のないような気持ちで、すごすごと退散した。
着替え終わって洋服店を出ると、ジェーンはメアリーの腕を取る。
「これなら友達みたいに見えるわね!」
「……」
メアリーは虚を突かれたように目を丸くした。
「お嬢様、恐れ多いのですが……」
「気にしないで。言ったでしょう。身分なんてほとんど変わらない。
私も卒業したら、きっとどこかの女中になるしかないのよ」
メアリーの目が、呆れたようにスッと細くなった。
アルフレドは思わず前に躍り出る。
「ジェーン、そ、卒業後なら、私の……」
「あら、雇ってくださるのですか?
お気遣いありがとうございます」
ジェーンの言葉に、二人ともため息を漏らす。
メアリーは思った。このお嬢様は、どれだけ周りから愛されているか、わかっていない。
「あの、ジェーン、もしよろしければ宝石店へ参りませんか。
評判の店があると聞いたのです」
声の上擦るアルフレッドに、ジェーンは「うーん」と唇を尖らせる。
「宝石を買えるだけのお小遣いは、もらっておりません」
「……見るだけでも。あなたの好みを知りたい」
「はぁ……」
「お嬢様、せっかくのお申し出ですから、参りましょう」
二人のやり取りにやきもきしたメアリーが、背中を押した。
メアリーとて、レイヴンの気持ちは知っているが、恋愛に疎いジェーンにもう少し女性として愛されることを感じてほしかった。
というのは建前で、三角関係をちょっとだけ楽しんでいるのだった。
ジェーンは買い物で気持ちが大らかになったのか、すっかり「五メートル」を忘れてしまっていた。
*
アルフレッドの案内で宝石店へ向かうも、何やら不穏な空気が漂っている。
「見たかよ、あの宝石店。丸焦げだったな」
「窃盗ならわかるけど、なんだって火事なんかに」
向こうから歩いて来る人たちが、口々にそんなことを言う。
(宝石店で、火事?)
ジェーンは眉間にしわを寄せた。
アルフレッドが立ち止まったので、後ろから顔を覗かせると、そこには人だかりができていた。
「ジェーン、申し訳ありません。
どうやら火事が起きたのは、目的の宝石店のようですね」
見ると、中はかなり煤けているようだ。
一方で、外壁の焦げや汚れはそう目立たない。
(発火元は屋内か?)
刑事の勘が、脳裏でチリチリと動き始める。
「アルフレッド様は、あそこの宝石店で購入したことは?」
にわかに、ジェーンの声が低くなる。
「いえ。女生徒たちのあいだで話題になっていたので……」
「そうですか」
言って、ジェーンは火災現場へと真っ直ぐに歩き出す。
「お嬢様!」
メアリーが引き留めようと追って来るが、意に介せずに進む。
ジェーンは人だかりを押しのけ、店に足を踏み入れた。
「なんだ、貴族のお嬢様がこんなところに何の用だ?」
現場の見張り役の騎士といったところか。
ずいぶんと体格がいい。
「少し中を見せていただきます」
「おい。ちょっと、あんた……」
引き留めようとする見張り役の男は、肩に手を置かれて振り返った。
アルフレッドが家紋を見せると、男は無言のまま離れた。
ジェーンは破損したショーケースを次々と覗き込んでいく。
中に置かれた石たちは、どれも真っ黒になっている。
プレートや説明書きなども焼け落ちているので、どこに何の宝石を展示していたのかは判別できないが……。
なんとなく違和感がある。
「何か気づいたのですか?」
アルフレッドが耳元で囁きかける。
「少々、気になりまして」
短く言って、ジェーンは顔を上げる。
「店主はいらっしゃいますか?」
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