休日1―不審死の噂とレイヴン―
それから数日は何事もなく、ジェーンは穏やかな週末を迎えていた。
「やっと休み~!
アルフレッド様やセドリック殿下から解放される~!」
自室のリビングで、ソファにだらんと寝そべった。
「お嬢様、淑女らしい振る舞いを心掛けるよう、旦那様から言われているのでは?」
「あ……」
メアリーに言われて、ジェーンは居住まいを正す。
「そうは言うけど、どうにも性に合わなくて。
ねえ、メアリーも座って。いろいろとお話が聞きたいわ」
「……よろしいのでしょうか?」
「メアリーは学園の先輩でしょう。それに、貧乏貴族なんて平民とほとんど変わらないわ。
だから、気兼ねなく接してほしいのよ」
(というか、学園にいると気を張っているから心の平穏がほしい)
「では、お言葉に甘えまして」
メアリーは手に持っていた紅茶を置くと、正面のソファに腰かけた。
「ねえ。これから学園ではどんなことを習うの?
最初の一週間は座学ばかりだったけど、来週から実技も始まるのよね。
なんだか複雑でよくわからないわ」
「……入学したての頃は、さすがにあまり覚えていないのですが、基本的に座学と実技、どちらも学ぶことになります」
「ということは、今週は学園に慣れるための準備期間、みたいなものだったわけね」
ジェーンは、納得したように言いながら、紅茶を口に運んだ。
「そうですね。あとは遠征もあります」
「遠征? どこに行くの?」
ふっと、ジェーンの顔が曇る。
「……何か、嫌な思い出でも?」
「まあ、そうですね。基本的に呪いの多い土地に赴き、実習するのですが……。
私のような出自の者は、光魔法が発現しないか、毎回試されました」
「それって、大変なの?」
自ずと声が低くなる。
「命に関わります」
「――ッ!?」
「といっても、お嬢様であればそこまで危険はないかと。
貴族にとって、学園は一流の教育を受ける場ですから」
ジェーンはぶんぶんと頭を振った。
「大いに関係ありよ。私も光魔法が発現していないかって何度も聞かれたわ。
もしかしたら、メアリーと同じことをするのかもしれない」
「そうだったのですか」
「ええ。だから詳しく聞かせて」
メアリーは何から話すべきかと、しばし逡巡した。
「多かったのは、失踪や不審死が続いた土地の浄化ですね。
実際に巻き込まれる可能性もある、と言われました。
あとは、いわくのある村や場所を開拓できないかと。
ですが、これはあくまで光魔法を持つ、または発現する可能性がある生徒のみです。
ほかの方は、近くで野営をしながらの実習でした」
「失踪や不審死って……」
失踪は自らだろうか。そうでなければ誘拐だ。
不審死は風土病か、感染症だろうか。
そんなところに防護服もなく出向くなんて、確かに命に関わる。
「私、魔力自体はそんなに多くないし、扱いもうまくできないのよね。
いろいろあって、光魔法云々言われるようになっちゃったけど……」
「では、できるだけ避けたほうがいいでしょう」
「避けられるものかしら?」
「…………」
「あぁ、無理なのね」
「申し訳ありません。私は強制だったので、よくわからないのです」
「強制って……」
そんな無体があっていいのだろうか。
「そもそも、光魔法って何?」
「そこからですか」
「……ハイ」
「休日に、講義をしても?」
気遣ってくれるのは嬉しい。だけど、よくわからないままなのも落ち着かない。
ジェーンは腕を組んで、うーん、と考え込んだ。
その姿に、メアリーはふっと笑みをこぼす。
「まずは羽を伸ばしてください。
それと、レイヴン様からこれが……」
メアリーは正方形の石板を差し出した。
魔法陣が描かれている。
「なあに、これ?」
*
「連絡手段を作るよう言われて、入学前に私が描きました」
「連絡手段……?」
受け取ってしげしげと眺めていると、メアリーが石板に指を置いた。
途端に魔法陣が光り出す。
『ジェーン! どうして手紙を書いてくれないんだ!
学園であのミドルトン公爵家の男とは会ったの?
僕が側にいないから、何かされるんじゃないかと気が気じゃないよ。
とにかく、これを聞いたら手紙か伝言を送ってよね。
やり方はメアリーが知ってるから!』
レイヴンの声が再生された。
前世のボイスレコーダーのようだ。
「すごい。これ、どうなっているの?」
「風魔法の魔法陣です。この石板の場合は対になっていて、レイヴン様と会話ができます。
今回のように、声を残しておくことも可能です」
なるほど。携帯電話のようなものか。
「これってレイヴン以外にも連絡できるの?」
「いえ、これはレイヴン様のみですね。
いくつか条件があるのですが、もう少し複雑な魔法陣を描けば可能になります」
「条件って?」
「使用する者の魔力や熟練度に応じます」
「うわぁ、そこは結構シビアなのね」
便利な道具だと思ったのに、魔法の世界とはなかなか難儀である。
「この石板も、今のお嬢様では使いこなせないかと。
いずれ授業で習いますので、それまでは私がサポートいたします」
ジェーンはパッと顔を上げた。
「ありがとう、メアリー! やっぱり先輩がいると心強いわ!」
「……いえ、そんな」
メアリーは顔を伏せた。
「あれ、待って。じゃあなんでレイヴンは使えるの?」
「レイヴン様には軽く指導いたしました。
元から風魔法に長けていたようですが……。
まあ、ひと言でまとめると、センスがあるかないかです」
バッサリと言われてしまい、ジェーンは項垂れる。
一緒に教育を受けながら、感じてはいた。
自分とレイヴンの魔法にまつわる習得度の差を。
「来週からの実技が不安になってきたわ」
「安易にお慰めすることは控えますね」
「止めてぇ。本当に不安になる!」
ジェーンは頭を抱えて声を上げた。
「それより、お返事をしなくていいのですか?」
「ああ、そうね。
これって、メアリーのサポートがあれば私も声を吹き込めるの?」
「できますよ」
アッサリ答えるメアリーに、ジェーンは嬉々として石板を見つめる。
「面白いわね。ちょっと待ってね。何を話すか考えるから」
入学してからの出来事を反芻してみた。
だけど……。
「何を話しても、レイヴンを不安にさせそうだわ」
そんな結論に至った。
とりあえず、当たり障りのない話をしておこう。
「決めた。お願いしてもいい?」
「はい。私が指を置いて、魔法陣が光ったらお話しください。
終わったら合図をしていただければ、そこで止めます」
言うなり、メアリーは石板に指を置いた。
さっそく魔法陣が光り出し、ジェーンはごくりと唾を飲み込む。
「レイヴン、連絡をありがとう。お手紙書けなくてごめんなさい。
私は元気にやっているわ。レイヴンも、勉強頑張ってね」
そこまで言って、親指と人差し指で丸を作った。
メアリーは指を離すが、目をしばたたかせる。
「それだけでいいのですか?」
「だって、この一週間、アルフレッド様の監視付きよ。
初日にセドリック殿下に声をかけられるし。
そんなことレイヴンに言ったら、心配するに決まってるわ」
「……それもそうですね」
メアリーは意味深にうなずいた。
ジェーンは立ち上がり、窓辺に歩み寄る。
窓を開け放ち、体中に陽光と風を浴びた。
窓枠にもたれながら振り返る。
「ねえ。メアリー〝先輩〟。せっかく王都に来たのだから、街を案内してほしいわ。
食べ歩きをしたり、流行の服を見たり、街の人の様子も気になるわね。
一緒に楽しみましょうよ!」
メアリーはつかの間、息を呑んだ。
学園にいた頃、気さくに話しかけてくれる貴族なんていなかった。
こうやって侍女として戻って来て、ジェーンの笑顔に胸が詰まる。
「ええ。喜んで」
だが、敷地を出るにあたって、門番がアルフレッドに連絡を入れてしまった。
(休日まで監視付きなんて冗談じゃない!)
それでも、せっかくの休日だから街に出たい、という思いが勝り、
「五メートル離れて歩いてください」
という条件付きで、出かけることにしたのだった。
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