裂かれた教科書の指紋4
メアリーを連れて女子寮を出たところで、朝の後光を背負った彫刻が立っていて、ジェーンの顔から表情が消えた。
(本当に迎えに来たのか……)
「おはようございます。ジェーン」
「おはようございます。アルフレッド様」
隣で歩き出すアルフレッドに、ジェーンは内心ヒヤヒヤしてしまう。
昨日、王族相手に啖呵を切ったのだ。いつ自分の首が刎ねられるともわからない。
「放課後、例の令嬢たちを呼び出す手配になっています」
「へ、あ、あぁ、はい」
「君も同席をお願いします」
「わかりました」
そう答えると、会話は終了してしまう。
アルフレッドも話題を探そうと試みるが、何から切り出せばいいかわからず、結局無言のまま教室に着いてしまった。
「あ。教科書がないんだったわ」
今日の一限目は魔法理論。その教科書を裂かれてしまったのだ。
前世なら、こういうときは隣の席の人に見せてもらったが、相手が相手だけに切り出しづらい。
だけど、背に腹は代えられない。
「「あの……」」
ジェーンが意を決したのと、アルフレッドが切り出したのは同じタイミングだった。
「私のをご覧になりますか?」
気遣ってくれたのか、と胸を撫で下ろす。
「ありがとうございます。そうしていただけると助かります」
二人のあいだで教科書を開くと、ジェーンは目を丸くした。
「すごい。書き込みがたくさん。
これから習うところも予習されているのですね!」
「はい。これでも嫡男ですので、勉学を疎かにはできません」
「ふふ。とても真面目なのですね。
私には乳姉弟の弟がおりまして……ご挨拶させていただきましたよね?
その子は、勉強は嫌だと駄々をこねて大変でした。
同じ嫡男なので、アルフレッド様を見習わせたいですわ」
ほのかに緩むジェーンの表情に、アルフレッドは胸に棘のような痛みを覚える。
昨晩セドリックから聞かされたノーサム伯爵家の長男のことだろう。
彼に対しては、こんなふうに微笑むのか、と。
「ええ。来年、入学されるとか」
「はい。アルフレッド様からも、勉学の大切さをご指導ください」
それまでに自分の首が飛ばなければ、ではあるかもしれないが。
そういえば、とジェーンは思い出す。
手紙を書くよう言われていたのに、入学早々いろいろあってすっかり忘れていた。
(まだ三日目だし、王子に目をつけられたり、いじめられたり、あまりいい話もないから、まだいいか。落ち着いてからにしよう)
「レイヴン殿、でしたね」
「はい。レイヴン・ノーサム様。
やんちゃなところはありますが、いい子ですよ」
ノーサム伯爵家のことだけは、悪く思われたくない。
「レイヴン殿は、ジェーンにとってどういう存在なのですか?」
「レイヴン……様ですか。
そうですね。畏れ多いことに、姉弟のように仲良くしていただいています。
あ、でも、レイヴン様は、私の……夢のお告げのことはご存じないですよ。
普通の伯爵家の嫡男です!」
監視対象と親しいと思われたら、レイヴンまで疑われてしまうかもしれない。そんな事態は避けたいと必死に弁明する。
「そうですか」
アルフレッドは相好を崩した。
ジェーンの気持ちが、彼に傾いていないと感じて安心したのだ。
「ノーサム伯爵家では、どのような勉強を?」
「そうですね。マナーや教養、魔法……一般的なものだと思います。
魔法学園の内容についていけるといいのですが……」
不安そうに言うジェーンに、これはチャンスではないか、とアルフレッドは身を乗り出す。
「わからないことがあれば聞いてください。
いえ。私も至らないことがあるかもしれないので、共に学んでいきましょう」
「は、はい。お気遣いありがとうございます」
だが、ジェーンは思わず身を引いてしまった。
(自習時間まで監視とか、本当に勘弁してー!)
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