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裂かれた教科書の指紋3ーセドリックとアルフレッドー

 寮に帰ったアルフレッドが文机で本を読んでいると、コンコン、とノックされた。


「アル、私だ」


 旧友であり、親友のセドリックだ。

 立ち上がって、自らドアを開けた。


「夜分にすまないな。少し話をしたくて」

「構いません。どうぞ」


 セドリックは従者たちを扉の前に待たせ、入室した。


「まったく、学園に来てまで護衛がいるのでは窮屈だ」


 首をすくめると、どかりとソファに腰かけた。


「何か飲みますか?」

「いや、結構。敬語も止めてくれ」


 アルフレッドは小さく鼻から息を漏らした。


「わかった。君がそう言うのなら」

「あぁ。そうしてくれ。

 心置きなく話せる友がいるというのは、それだけで気が休まる」


 ぐったりと背もたれに体を倒し、そう言った。

 外で見せる第三王子という仮面はすっかり()がれている。

 アルフレッドもソファに深く座り、足を組んだ。


「それで、急にどうしたんだ?」


 問われて、セドリックは弾かれたように体を起こした。


「アルとジェーン嬢のことを聞きたくてな!」


 アルフレドはきれいな顔を、憎々し気に歪める。


「アルが彼女に一目ぼれした気持ちもわかるというものだ。

 あそこまで強い信念を貫く女性は、そうそう見かけない。

 不敬罪になると覚悟して、この私に面と向かって抗議したのだからな」


「不敬罪に問うつもりか?」


「まさか。君の想い人を悪いようにはしないよ」

「……なら、いい」


 やはり紅茶の一杯でも淹れたかった、アルフレッドはそう思った。


「で、一緒に過ごしてどうだ?

 仲は進展したか?」

「…………」

「なんだ、うまくいっていないのか」


 セドリックはつまらなそうに言った。


「おそらく、警戒されている」

「なるほど。現状、それは仕方ないな」


 思うところあるように、セドリックの声も低くなる。


「……実際、彼女はどういう人物だ?」

「何が聞きたい?」


 ギロリ、とセドリックを睨みつける。


「昨日話した通りだ。我が国に利をもたらすか、仇となるか」


「仇となるような人間が、自ら怪我を負ってまで罪人を捕らえると思うのか?」


「アル、それだって、信頼を見せつけようとした、自作自演だとは考えないのか?」


 セドリックは歯噛みした。

 あの社交界での彼女の姿を見れば、そんなことは思わないだろうに。


「だが、今日の彼女の(べん)で、私も少し考えを改めていい気がした」

「というと?」


「上に立つ者……まるで帝王学の授業を受けているようだった。

 彼女は天から命を受けて遣わされた、<真の聖女>かもしれない」

 ビクリ、とアルフレッドは肩を震わせる。


「彼女は光魔法を使えない」


「しかし、ならあの知識はなんだ。

 我々の英知を越えた見識を持っている。

 毒についても、今日の果汁のあぶり出しについても。


 彼女の身辺は洗ってみたが、特殊な学問や訓練を治めている様子はない。

 後ろ盾となっているノーサム伯爵も、かねてより温厚派だ。

 反逆を目論むために、特殊な教育を受けさせるとは思えん」


「…………」


「夢の神託、そんなものが実在するのか」


 セドリックは自問するように呟く。


「セド……」

「ん。どうしたんだい?」

「君は、彼女をどうするつもりなんだ?」


 アルフレッドの言葉に、セドリックは楽し気に破顔した。


「そうだな。シロとわかれば、私の妃に迎えたいところだな」


 セドリックは腰を浮かせる。


「そう怒らないでくれ。もちろん親友の恋路を邪魔する気はない。

 面白い娘だと思っているのは事実だが。


 だけど、まだ確証が持てない。

 私も、彼女が反逆を目論む一味や、他国からの使者ではないか、という疑念を晴らしたい。

 だから協力するさ」


「それを聞いて安心した」


「それと、アルの恋路のためにひとつ忠告しておこう」


「なんだ?」


「ジェーン嬢は知らないようだが、ノーサム伯爵家の養女に入る話も上がったらしい。

 相当愛されているようだな。

 だけど、ノーサム伯爵家の長男が強硬に反対したそうだ」


「長男……あぁ彼か、一度挨拶したことがある。

 乳姉弟ということで、ずいぶん親しそうに見えたが?」


 それなのに、姉弟になることを反対するのか? アルフレッドは疑問に思う。


「そう。それだよ」


 セドリックはピシッと人差し指でアルフレッドを指差した。


「養女になったら、婚姻を結べないだろう」

「――ッ!」


「話はまとまっていないようだが、長男はジェーンを妻に迎えたいらしいね。

 小さい頃から家族のように育った相手だ。手強いぞ」


 声の弾むセドリックに対して、アルフレッドの顔は暗く沈んでいく。


「……どうやったら警戒を解けるんだ」


「まずは彼女の容疑を晴らすことだな。

 そのうえで、監視ではなく、好いているから側にいるのだと」


 セドリックは緩慢に首を振った。


「好意は伝えた……と思ったのだが……」

「おや?」

「なんというか、伝わっていなかった」


 沈痛な面持ちで、項垂れてしまう。


「それは……難儀だな」


 アルフレッドは黙ってうなずいた。


「しかし、君の美貌で難攻不落とは、やはり彼女は一筋縄ではいかないな」


 ケラケラと笑い出すセドリックに、アルフレッドは口惜し気な視線を送った。


「まだ二日目だ。

 ノーサム伯爵家の長男が入学するまで一年ある。

 そのあいだに振り向かせるよう、頑張りたまえ」


 テーブル越しにバシバシと肩を叩き、セドリックは立ちあがった。


「それと、明日の放課後、談話室に例の令嬢たちを呼び出す予定だ。

 ジェーン嬢にも伝えておいてくれ」


「わかった」


「では失礼するよ。話せて楽しかった。お休み」

「お休みなさいませ」


 アルフレッドも立ち上がり、ドアを開けた。

 親友のプライベートモードはここまでだ。


 夜が明けたら、また上下関係が始まる。

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