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裂かれた教科書の指紋2

 放課後、個室の談話室を貸し切ってくれたのはセドリックだった。


 校舎内のためメアリーはいないが、顔を突き合わせているのは昨日と同じく、ジェーン、アルフレッド、セドリックの三人だ。


「集めてきたが、これが何だと言うのです?」


 アルフレッドは複数の紙をジェーンに手渡した。

 そこには、一枚ずつクラスメイトの名前が書かれている。

 アルフレッドに頼んだのは、こんな内容だ。



「女生徒の皆さんに、この紙に名前を書いてもらってください。

 そのさい、おまじないを伝えてください。


 紙を触るのは一人一枚のみ。そして、この液体に指を浸してからハンカチで軽く水気を取り、指を押し当ててサインをする、と。


 効能は……恋だと気を持たせすぎてしまうので、善人ならば幸福が訪れ、悪人なら罰せられるだろう、あたりにしておきましょうか」


「その液体は、毒、ではないんですよね?」

「違いますよ」


 手に持っていたコップをアルフレッドの鼻に近づけた。


「果実?」

「はい。なので、安心してください」


 そう言って、ジェーン自身が指を差し入れ、ペロリと舐めた。


「ね?」

「……」

「そのあいだ、私は図書室で大人しくしています。

 よろしくお願いしますね」

「わかった。君を傷つけた犯人が見つかるなら、やってみよう」


 別に傷ついていないのだが、それで請け負ってくれるなら構わないと思って放置した。



「それで、その紙はいったいなんだと言うのだ?

 ただ女生徒の名前が書いてあるだけではないか」


 セドリックが覗き込んできた。


「ふふ。私の教科書を引き裂いた人物を〝あぶり出す〟のですよ。

 アルフレッド様、残っている紙に、女生徒がやったように、その果実水で指を押しつけていただけますか?」


 訳がわからないと言いたそうだったが、アルフレッドは言われる通りに指先を押し当てた。


「ありがとうございます」


 ジェーンはその紙を受け取り、風魔法でよく乾かしてから、指先に火魔法を点火する。

 紙の下に火を差し入れると……。


「指紋が浮かび上がってきた!?」


 セドリックが驚いて声を上げる。アルフレッドも目を()いている。


「そうです。柑橘系の果汁は、乾いた後に火で炙ると染みを残すのです」


 小学生の理科の実験のようなものだ。


 食堂に行って皮をもらって潰したのだが、集めるのには骨が折れた。

 途中から、見かねた料理人たちが絞り器を使って一気に絞り出してくれた。


 この世界でも、昔は家紋の代わりに指紋がサインとなっていた。

 一人ひとり指紋が違うのは知られている。


 おまじないと言ってアルフレッドから持ちかけられれば、十代の女の子なら乗ってくると思ったのだ。

 結果は上々。


 次々と指紋が浮かび上がってくる。

 だが、アルフレッドは心配そうに目を細めた。


「果汁を使えば、指紋が浮かび上がるのはわかりました。

 だが、君の教科書を裂いた人物は、果汁など使っていないはずです」


「それは当然そうですね」


「では、結局のところ、誰が君の教科書に触れたのかは……」

「大丈夫です」


 ジェーンは集めて来たチョークの粉、美術室で拝借した真新しい綿と柔らかい筆をテーブルに乗せた。

 スカーフを開いて、教科書も取り出す。


「これは(むご)いな……」

 セドリックが顔を(しか)めた。


「はい。ですがこれだけ念入りに引き裂いてくれたのですから、必ず手で押さえたはずです。指紋だって残っています」


 言って、ジェーンは綿にチョークの粉をまぶし、教科書の表面にポンポンと乗せていく。

 続いて筆でそっと払った。


「これは――!」

 またもや声を上げたのはセドリックだ。


「はい。こうやって、粉を使った指紋の採取方法もあるのです。

 本来なら転写して、採取した指紋と重ね合わせることで人物を特定するのですが……」


 この世界では器具が足りない。

 教科書も分厚いので、重ねて光にかざすことも難しいだろう。

 そもそも、何人分も紙を重ねていたら、粉が落ちてしまう。


「横に突き合わせて似ている指紋を推察する、くらいしかできませんが、ある程度容疑者は絞り込めるかと」

「興味深い。これも、君の言う夢のお告げかい?」

「…………そんなところです」


 あまり手のうちを明かしたくない。

 だが、どうしても刑事の職能が働いてしまう。

 指紋採取は鑑識の仕事ではあったが、いったいどれだけ助けられたことか。


 教科書に残っている指紋は複数人分あるようだが、一つひとつ照らし合わせていくしかない。


「さて。やりますか」


 ジェーンは袖をまくり上げ、火魔法の灯りで手元を照らした。

 左手に教科書、右手に指紋をあぶり出した紙を持ち、背中を丸めてぐっと前のめりになる。


 瞬きも忘れるほどじっと見つめ、一枚ずつ紙を仕分けていく。


 アルフレッドもセドリックも、黙ってその様子を見守った。

 窓からの陽光が次第に傾き、地平線の向こうに溶けていく。

 それ程に時間は掛かった。


「終わったー!」


 ジェーンが天井を仰いだときには、すっかり日が暮れていた。

 集中していたせいで肩はバキバキ。首をぐるぐると回した。


「わ。もうこんなに暗くなってる。メアリーを待たせていないといいけれど……」

 窓の外を見て独り言ちた。


「それで、結果は?」

 セドリックが切り出した。


「あ。はい。こちらの女生徒たちの指紋が残っていましたね」


 ジェーンは五枚の紙をセドリックに差し出した。

 だが、その前にアルフレッドがひったくるように手に取った。

 一枚ずつ名前を確認していく。


「アルに心当たりは?」


 水を向けられて、アルフレッドは小さくため息をついた。


「あるようだな」

「はい」


 アルフレッドはチラリとジェーンに視線を送り、すぐに逸らした。


「いずれも我が家と取引があるか……縁戚関係の申し出があった家の者です」

「なるほど。アルに振られた腹いせに、ジェーン嬢へ嫌がらせをしたというわけか」


 セドリックは鼻で笑って腕を組んだ。


「彼女たちには、ミドルトン家から制裁を下します」

「ま、待ってください」


 制裁という穏やかでない言葉に、ジェーンはテーブルに手をついた。


「彼女たちの行為は確かに器物損壊罪……えぇっと、許されることではありません。

 ですが、家同士まで波紋を広げるのはやりすぎではないでしょうか」


「だが、犯人を捜し出したのはジェーン嬢ではないか」


 セドリックもアルフレッドに同調する。

 それはジェーンの望むところではない。


「限度があります。

 彼女たちには反省を促し、二度とこのようなことをしないと誓わせる。

 その程度でいいではありませんか」


「ふむ……」


 セドリックは考えるように口元に手を当てた。

 ジェーンはスカートのポケットから生徒手帳を取り出す。


「えぇっと。校則では、規約違反は懲罰室か、停学、退学となっています。

 ですが、他人の持ち物を壊すことへの言及はありません。

 なので、まずは反省を促す。

 それが優先されるべきではないですか?」


「……そんなものを覚えているのか」


 セドリックが驚いて口を開ける。


「はい。規則は規則です。

 守らなければ、秩序は乱れてしまいます」


 とはいえ、中には「ほかの生徒の勉学の妨げとなるべからず」とあるのだから、懲罰室行きもあり得るかもしれない。


「なるほど。ジェーン嬢の話も一理ある。

 しかし、彼女たちを呼び出したところで、シラを切るだろう。

 何か罰に値する行為を捏造するか……」


 その言葉に、ジェーンはカッとなって立ち上がった。


「それはダメです!」


 語気荒く睨みつける姿に、セドリックもアルフレドも、虚を突かれたように黙って見上げた。


「セドリック殿下は、国の頂に連なるお方。

 そのようなお方が、罪をでっち上げるだなんて、何をお考えですか。

 罪なき罪は冤罪です。

 弱い立場の人間を、上の人間がつるし上げる。

 そのような横暴は、やがて暴君となりかねません!」


 音のない部屋に、静寂が満ちる。


「ふっ。言うではないか」


 やがてセドリックは口角を吊り上げた。


「こんなに真正面から叱られたのは、子どもの頃以来だ。

 面白い。確かにジェーン嬢の言う通りだ。

 私が命ずれば、この者たちをどうとでもできる。

 しかし、罪なき罪は冤罪、暴君、とな」


「……出過ぎた真似なのは覚悟しております。

 ですが、不正も許されがたい罪だと、私は信じます」


「気にするな。実に愉快だ」

 そう言って、セドリックは目を瞑って体を反らした。


「そうだな。ジェーン嬢がここまで粘って犯人を絞ったのだ。

 私が権力を(かさ)に処分を下すというのは釣り合わないな。

 君もだぞ、アル」


「承知しました」


「今日はもう遅い。解散して、明日この者たちを呼び出すことにしよう。

 話はそれからだ」


「……はい。ありがとう、ございます」


 ジェーンは強張った声で言い、教科書をスカーフに包み始めた。


「明日の服装をどうするつもりなんだ。スカーフは持って帰りなさい。

 この部屋の鍵は私が預かるから、誰も立ち入ることはない」


 言われてみれば、それもそうだ。

 スカーフをせずに登校したら、変に思われてしまう。


「お気遣い感謝いたします」

「アル、彼女を送って行くんだぞ」

「わかっております」

あぶり出しでの指紋検証は、実際に結構テストしたのですが、水気が多いとベタっとなってしまい難しいです。

ここではうまくいったと思っていただけると嬉しいです!

―――

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