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裂かれた教科書の指紋1

(誰も近くに座ってくれない)


 ジェーンが教室に入ると、クラスメイトは腫れ物でも扱うかのように避けていった。

 一番後ろにの窓際に席を取ったのだが、その周りだけぽっかりと空間ができている。


(教室の後方って、人気のはずなのになぁ)


 悲しくなって机に突っ伏した。

 この状況も仕方ないだろう。


 名も知られていない貧乏貴族の娘なのに、国の頂に連なる人から声をかけられてしまったのだ。


「ジェーン、おはようございます」


 顔を上げると、アルフレッドが隣に座ろうとしていた。


「お、おはようございます」


 慌てて姿勢を正す。途端に、教室のあちこちから、こちらを盗み見るような気配を感じた。


「女性寮まで迎えに行ったのですが、メアリー殿に既に校舎に送り届けたと聞きました」


 今朝は校舎までメアリーがついて来てくれた。

 荷物持ちも侍女の仕事だと言うのだから、断るわけにもいかなかった。


 寮へ戻ったメアリーと鉢合わせしたのだろう。


「困りますよ。君は私の監視下にあるのですから」


 微笑んではいるが、物言いは物騒だ。


「それは、申し訳ありません」

「あまり気を張らないでください。君を悪いようにしようとは思っていないのです」

「はぁ……」

「…………」


 どうしたものか。会話が続かない。


 レイヴンが隣にいたら、きっと他愛のないお喋りができただろう。


 だけど、今は何が身を亡ぼすかわからない。


 もしも処分対象になってしまったら、両親もノーサム伯爵家のみんなも悲しむはずだ。


(ノーサム伯爵家に汚名が被るようなことだけはしたくないわ)


 机の下、膝に置いた手をぎゅっと握りしめる。


「ジェーン」


 その手に、アルフレッドはそっと手を重ねた。


 反射的に顔を跳ね上げる。


「どうか、心配しないでください。

 君は普通に過ごせばいいのです。ただ、私と一緒にいてくれさえすれば」


「はい。ですが……」

 ジェーンは上目遣いで教室を見回した。


「友達はできそうにないなぁ……」

 呟くジェーンの言葉にアルフレッドは淋しそうに、視線を逸らした。



 移動教室のあいだも、ジェーンはアルフレッドの側から離れるのを許されなかった。


 陰口がジェーンの耳にしっかり届く。

 身の置き場がない。あまりにも窮屈だ。


 そう感じつつ戻って来た昼休みに、事は起こった。


 ジェーンの教科書が引き裂かれてゴミ箱に捨てられていたのである。


「……わかりやす」


 あまりにも典型的ないじめに、悲しみよりも呆れが先にきた。

 隣に立つアルフレッドのほうが衝撃を受けているようだ。


「なんて酷いことを。いったい誰が、なんのために……」


「なんのためって、私がアルフレッド様にくっ付いていると思った誰かの(ひが)みや(ねた)みでしょう」


 そんなこともわからないのか。

 どれだけ平和ボケ……いや、お上品な世界で息をしているのだ。


「どういうことです?」


「あのですね、アルフレッド様と私の身分差(パワーバランス)を考えてください。

 私の監視という密約は、殿下とアルフレッド様、そして私しか知らないのです。


 アルフレッド様は美貌の有力貴族で、私は名もなき貧乏貴族です。

 この場合、周りはどう思うでしょう」


「……どうなるのだ?」


「私がアルフレッド様に取り入っていると勘違いされます」


 言いながら、ジェーンはハンカチで包んで、ゴミ箱から教科書を拾い上げた。


「まあ、ある程度の爵位を持ったご令嬢でしょうね。

 アルフレッド様と懇意にしろと親に言われたか、そのご尊顔に惹かれた信奉者か。

 そんなところだと思いますよ」


 犯人を特定することはできるだろうか。


 つい癖で、指紋を残さないようハンカチで物証に触れてしまった。


 おそらくこの教科書には犯人の指紋がべったりついているだろう。


 とはいえ、この世界で指紋の採取や検証なんてできるだろうか。


「……あ!」

 閃いて、声を上げる。


 ジェーンは嬉々として首元のスカーフを外すが、アルフレッドは慌てて止めに入る。

 淑女がみだりに着衣を乱すものではない、と考えているのだろう。


 しかし、ジェーンは気にせず、スカーフで引き裂かれた教科書を包んだ。

 証拠保全はしないとね。


 そしてアルフレッドを仰ぎ見る。


「アルフレッド様、お願いがあるのですが」


 もしかしたら、検証できるかもしれない。

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