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王子による尋問と禁書3

「さて。本題に入ろう。

 先ほど君が話していたね。

 薬のようなものであり、体に良い反応ではなく、悪い反応を引き起こすものだと」


「はい」


「同じような例が、この中に書かれている。

 悪い反応、君の言う毒に関しては、歴史の中から消えていったのだ」


「悪用されないために、ですか?」

「その通り」


 ジェーンは眉を潜めた。


「お言葉ですが、合理的な判断とは言い難いですね」

「なぜだい?」


「殿下。殿下はお立場のあるお方ですから、常に身の危険に晒されているかと思います。

 もしもナイフで切り付けられたら、どうなりますか?」


「死ぬだろうね」


「はい。ですが、ナイフがお体に達しないよう、硬い防具を着けていたら?」


 セドリックはニヤリと笑い、シャツの前ボタンを外し始めた。

 そこにはジェーンが想像していた通りのものがある。


「察しがいい」

「恐れ入ります。同じように、もし毒を解毒……消し去る薬を開発できていたとしたら、どうなりますか?」


 セドリックは腕を組み、目を伏せた。


「……なるほど。毒に対抗する薬か」

「はい」


 この世界の医療は遅れている。ミドルトン公爵が倒れたときだって、毒が特定できて、解毒剤が打てれば、どんなに安心できたことか。


 警察機関だってそうだ。

 社交界の様子を思い返す。


 短絡的に呪いだと決めつけて、悪意を持った人物を野放しにするところだった。

 もちろん、咄嗟のことで動けないことは理解できるけれど。


「心に留めておこう。

 だが、本題はそこではない」


「……と、言いますと?」


「なぜ君は、禁書として葬られた毒について検討がついたんだ?」


「あ……」


 ジェーンはぽかんと口を開けてしまう。言われてみればその通りだ。


 饒舌(じょうぜつ)になっていたが、前提として毒を知っていること自体が、奇異に取られてもおかしくない。


 どう説明しようか、「うーん」と唸ってしまう。


 目を閉じ、腕を組んで考える。いい言い訳は出てこない。

 こめかみを掻いて考える。やはりいい言い訳は出てこない。


「参ったなぁ」


 本当に困って、ぽつりと心の声が漏れてしまった。


「セドリック殿下、無駄ですよ」


 目を開けると、二人はプルプルと肩を震わせていた。

 何かツボに入ったようだ。


「言ったではないですか。陰謀を巡らせるタイプではないと」

「君の審美眼は信頼しているが、事が事なのでね」


 セドリックは肩をすくめる。


「実際、どうして知っていたのかは言えないのかい?」


「そうですねぇ、知っていたとしか。

 唯一挙げるとしたら、夢で見たような気がする、とかですかね」


「それはつまり、神託を受けたのか?」


 セドリックが前のめりになる。アルフレッドも顔を強張らせた。


「神託?」

「光魔法の発現だ」


 聞き返したジェーンに、セドリックは早口で告げる。


「まさか。私の魔法はどれも平均値です。

 学園に入れたのも、ノーサム伯爵が後ろ盾になってくださったからです」


 ジェーンは両手を胸の前でパタパタと振った。


「……まあ、今はいい。

 君の夢のお告げとやらが、この禁書とどの程度一致しているのか見てみようではないか」


 そう言って、セドリックは禁書をジェーンのほうに向け、一枚ずつ剥がすようにページを捲る。


 ジェーンはつぶさにその内容を見ていった。


 どういうわけか、毒物の名前は記憶にあるもの――日本語――と一致している。

 補正のようなものが掛かっているのだろうか。


 毒の作用についても、記憶にあるものとほぼ同じだ。

 採取元や成分については、鑑識でも特殊班でもなかったから、いまいちわからない面もある。


 それでも、ひとつの毒物を指差した。


「ミドルトン公爵が盛られたのは、この毒物だと思います」


 やはり、ストリキニーネだ。


「含有量によっては、強心剤や興奮剤などに用いられます。

 ですが、大量に摂取すると、非常に高い致死率を有します。


 強い苦みが特徴と聞いたのですが、アルコールを飲まれていたので、その渋みと勘違い……するのかなぁ。

 相当苦いと聞いたように思うのですが。


 ただ、南洋の植物の皮から採れるようですね。


 主犯のジョイラス氏は各地を転々としているとうかがいました。

 その際に採取したのではないでしょうか」


 ただ、ストリキニーネは水溶性ではなかったはずだ。この世界では(ことわり)が違うのだろうか。


 それは言わないことにして顔を上げる。


 セドリックの渋い顔がジェーンを、心配そうなアルフレッドの顔がセドリックを捉えていた。


(またやっちゃったかなぁ……)


「……毒物を知る私を、処分しますか?」


「今は保留だ」

 セドリックは言い切った。


「君には聖女としての力ではなく、別の力が備わっているのかもしれない。

 それは我が国にとって利になるか、(あだ)をなすか、まだ判断がつかない」


 泳がせておく、ということか。


 前世の記憶について、話したほうがいいのだろうか。

 しかし、それもそれで、監視がつきそうで嫌ではある。うん、ごめんだ。


「セドリック殿下。私が彼女を判断しましょう」


 アルフレッドが言うと、セドリックはからかうように相好を崩した。


「元より、そのつもりでいたよ」


 アルフレッドはその悪戯っぽい視線から、ふっと顔を逸らす。


「えーっと、つまりどういうことでしょう?」


「すまないが、判断がつくまで、アルフレッドに監視をしてもらう」


「結局監視がつくんかい!」


 思わず心の声が漏れた。大慌てで口を押える。


「私では役不足か?」

「いえ、そういうことではなくて……」


 ジェーンは頭痛のする頭を片手で抱える。


「……私、人目につくのが、徹底的に性分に合わないんです」


 淡々と、冷めた声でそう告げた。


 アルフレッドだけでなく、セドリックも不思議そうな顔をしている。


 その態度に、ジェーンはカチンとなって捲くし立てた。


「大変恐縮ながら、お二人は学園中の注目の的です!


 昨日だってアルフレッド様が声をかけて来たから、中庭から痛いほど見られたし、セドリック殿下も、私のような下級貴族に教室内なんて人目のあるところで話しかけるなんて、どういうおつもりですか?


 私の平穏が失われてしまいます!」


「平穏……?」


 アルフレッドは呆気に取られた。そして思った。

 社交界であれだけ大立ち回りをしておきながら、今さら何を言っているのだ、この令嬢は、と。


「だが、これは決定事項だ。

 そうでなければ、禁書を見た罪として君を捕縛し、宮廷内で徹底的に絞り上げることもできる。私の権限でな」


「なっ――!

 勝手に見せてきたのはセドリック殿下ではありませんか!」


 思わず腰が浮いてしまう。


「しかし、侍女を下がらせたということは、そういった危険を覚悟していたはずだ。

 違うか?」


「……」

 そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない。


「……わかりました。

 けど、できるだけ見えない位置からお願いします」


「そ、そうか。努力しよう」


 アルフレッドが安堵したように言うと、セドリックはくいっと肘で彼を小突いた。

 ジェーンからは見えていない。


「それと、これは君に貸しておこう。

 何か気づいたことがあれば報告してくれ」


 セドリックは魔法石のついた箱に禁書を入れ、ジェーンに差し出した。


「な、受け取れませんよ。こんなもの。

 紛失したりしたらどうするんですか?」


「問題ない。今から儀式を行う。

 この石の上に手を当ててくれ」


 不安しかなかったが、不敬罪に取られても困る。ジェーンは右手をぺたりと置いた。


 セドリックは何かしらの呪文を唱えながら、手の甲に指先を這わせていく。

 この動きは、魔法陣だろうか。そっと指が離れた。


「これでこの箱を開けられるのは、私と君だけになった。

 紛失したところで問題はない。箱に入っていれば探索もできるし、元々禁書。

 存在しないとされていた書物だからな」


 まるで共犯者ではないか。

 思わず、王太子殿下ということも忘れて、思いっきり罵倒したくなった。

 だが睨むことで我慢した。


「頼んだぞ。

 さあ。アル、早速仕事だ。ジェーン嬢を無事に部屋まで送り届けてくれ」


「はい。かしこまりました」

 気色ばんだアルフレッドは、ソファから降りて臣下らしく膝を折る。


(なんだか、いきなり面倒事に巻き込まれてしまったなぁ)


 セドリックは掌を使用人部屋に向けて声を届けた。

 心配そうなメアリーが駆け寄って来たのを見て、急に肩の力が抜けていく。


(メアリーがいてくれることだけは、安心材料ね)


 だけど、小さな事件は、間もなくやって来ることになった。

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