王子による尋問と禁書2
「セドリック殿下が君を責めたと感じたのなら、友人として私からお詫びします。
君を悪いようにはしないから、安心してください」
「あの、どうしてアルフレッド様はそんなに私を信じてくださるのですか?」
率直な疑問だった。
確かに実父救出の一助となったかもしれないが、ジェーンが施したのは最低限の応急措置。
それも、毒物の特定はできていない不確定なものだ。
間違っていたら命を落としていたかもしれない。
何もしなくても聖女たちが助けてくれた可能性だってある。
アルフレッドはふわりと笑った。髪が揺れて室内灯に反射する。
相変わらず彫刻のような、できすぎた風貌だ。
「ジェーン嬢、君はみんなが動揺するなか、たった一人で父を助けようとしてくれました。
私は単純にその姿に感動したのです。
吐しゃ物への嫌悪も示さず、美しい手を喉に差し入れ、私にも檄を飛ばして父の体を支えてくれた。
それどころか、犯人の捕縛まで。
もちろんその剣幕には驚き圧倒されました。
ですが、君のように芯のしっかりした女性は見たことがない。
それが信頼に値しないと、どうして言えるでしょう」
かぁっと、体中が火照ってくる。そんなふうに褒められるなんて思いもよらなかった。
「そのうえ、礼に伺ったら、ちっとも私に取り入ることもしない。
私にも立場というものがあります。
父を救ったのだから、交易に関して何か持ちかけてきてもおかしくないのに。
奥ゆかしいところもあり、コロコロと変わる表情に、愛らしさを覚えました」
「あ、あ、あの……」
ぷしゅぅと、頭から湯気が上りそうだ。
「セドリックは国の頂に立つ一族として、私以上に立場があります。
ですが、私は君と……〝ジェーン〟と親しくしたいと思っているのです」
「…………」
なんだこれは。彫刻のように無表情な寡黙な人かと思ったら、柔らかな微笑みで女慣れした言葉を吐いてくる。
そうか、これがアルカイックスマイル。
殺伐とした前世の仕事。転生してもレイヴンとわちゃわちゃしていただけ。
こんなふうに女扱いされるのなんて慣れていない。
どう反応したものだろう。
それ以前に、こんなことに照れてしまうのも、未熟な田舎者の証拠だ。
いけない、いけない。浮ついた気持ちになるが、それは違う。
これは、珍獣を見て面白がっているようなものなのだ。
ジェーンは深呼吸して、心を落ち着ける。
そして社交用の笑顔を取り繕った。
「ありがとうございます。アルフレッド様。
それを聞いたら、私の後見人になってくれているノーサム伯爵も喜びますわ」
「…………」
ふっと、彫刻のようなきれいな笑みが立ち消えた。
背後からはメアリーのため息が聞こえてくる。
(私、何かまずいこと言ったのかしら……?)
*
「待たせたね。探すのに時間が掛かってしまって」
セドリックが古い書物を抱えて戻って来た。
「どうだいアル、愛しのジェーン嬢とは仲良くなれそうかい?」
からかうように言うと、アルフレッドは目線を逸らした。
セドリックは何がおかしいのか、にわかに破顔した。
「セドリック殿下、それは?」
「あぁ。宮廷にある禁書だ」
「禁書!?」
「古いものだが、君の言う毒と、通じるものがある気がしてね」
ソファに腰を下ろし、テーブルに書物を置く。
黄変した羊皮紙は染みだらけで、周囲がいびつに歪むどころか、ところどころ破けている。
長い歴史を感じさせる一冊だ。
セドリックは慎重に表紙に手を掛けた。
「古代から伝わる薬草学の書物なんだ。
今では一部は複写され、印刷にも回されているが、禁書となったのには理由がある」
「あ、あの、お待ちください。
そんなものを私が見てもよいのでしょうか。それに……」
ジェーンは後ろのメアリーに目配せした。
「君の従者は言いふらすような人物なのかい?」
そう言われて、ジェーンはムッとして胸を反らした。
「そうではありません。
しかし、禁書の内容がどんなものかわかりませんが、それを見せるということは、情報を流すということ。
情報は時に、知っているだけで危険に晒されますし、他者を傷つける武器にもなります。
代々王族の方が守ってきたのなら、なおさらです。それは王家の狙いがあってのことでしょう。
私は、私のためについて来てくれた者を、危ない目に遭わせたくないのです」
一般人に情報を流すな! と一喝してやりたいところだが、ここではきっと通用しない。
だけど、刑事時代に情報の扱いは慎重を期した。
誤った情報の流出は捜査に支障を来たす。
重要な作戦行動なんてもってのほか、犯人に逃走の手掛かりを与えることになる。
一方で、一部のみを開示して、犯人しか知りえないことを隠す。犯人との心理戦でもあったのだ。
悪戯で「俺がやった」という名乗りを上げる阿呆どもを一掃する狙いもあったけれど。
「ふむ。君は思いのほか弁も立つようだな。
しかし、男性二人と密室で相対することになる。
それは構わないのかい?」
ジェーンは脱力して答えた。
「構いませんよ。男二人くらい、取り押さえ――」
言ってから、口を噤むが後の祭り。
刑事モードになってしまっていたが、十代の女の子に、本来なら逮捕術なんて無理だろう。
特に王子は絶対に鍛えている。
無論、王子に手を上げるなんて、打ち首も覚悟のことではあるが。
「ははは。本当に面白い。
犯人まで捕縛したと聞いてはいたが、どこまで信ぴょう性があるものかと思っていたんだ。
しかし、今の態度から察するに、腕に覚えあり、といったところか」
「……乳姉弟の弟と、鍛錬はしておりました」
これなら無理のないごまかしだろう、たぶん。
「まあいい。それなら、そちらの者は向こうの部屋で待機していてくれ。
私の従者たちもそこにいる」
メアリーはジェーンを心配そうに見つめてから、
「かしこまりました」
と一礼して部屋を後にした。
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