女刑事の非番|過去編
その日は非番だった。
高校時代の友人の結婚式に出席して、二次会でしこたま飲んだ帰りの電車。
ぎゅうぎゅうに混んでいる中で、モゾモゾ動き続ける若い女の子を見かけたのだ。
(これは、おかしい……)
アルコールで蕩けた脳が、一気に仕事モードに覚醒した。
周りに舌打ちされながらもズカズカと進み、女の子と、彼女に張りつく男性のあいだに割り込んだ。
女の子は救いを求めるような目を向けてくる。
(やっぱりそうか)
女の子の下腹部から男性の手を引き剝がすと、片手で捻り上げ、クルーネックのワンピースの内側から掌サイズの手帳を取り出して、男性に突きつける。
男は目を剝き、その顔からは血の気が引いていった。
「警察よ。痴漢行為の現行犯で逮捕する」
すし詰め状態の車内がざわりと波打つ。
男は逃れようと暴れるが、人の壁で逃げ場などない。
身を縮めて俯いてしまった女の子には、柔らかく声をかける。
「ごめんなさい。話を聞く必要があるから、つらいと思うけどついて来て」
頭の先が揺れて、うなずいたのが見て取れた。
電車が駅のホームへと停車すると、乗客たちは道を開けるように離れて行った。
男性を拘束しながら、ホームへと降り立つ。
ドレス姿で髪も華やかに結った女が、成人男性を拘束する姿に、待っていた人たちも「何事か」と後ずさった。
駅員が異常を察して駆け寄って来る。
「痴漢の現行犯よ。事情聴取するから駅員室を貸して」
手短に説明したところで、男が再び力任せに暴れ出した。
とはいえ、女といえど、これまでも強行犯を何度も逮捕して来た現役刑事なのだ。並大抵のことで逃すはずが――
と、攻防を繰り返していたが、点字ブロックに履き慣れないヒールが引っ掛かり、足首がぐにゃりと歪んだ。
既に電車は発車していた。
それが逆にあだとなった。
アルコールが入っていたせいもあるかもしれない。
男が振り回した腕が、首に見事に決まり、吸い込まれるようにホームから落下した。
暗い空に月が浮かんでいるのを見たのが最後の記憶。
おそらく、後頭部を線路の鉄か何に打ちつけてしまったのだろう。
(私、殉職扱いしてもらえたのかなぁ……)
次から本編スタートです!




