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9話 スケルトンの里

 そこは殺風景なところだった。黒い葉の針葉樹のまばらに生えた岩山カエルラバーグ山。その麓の荒れ地に……家……と言っていいのだろうか。木とぼろ布を組み合わせたテントのようなものが並んでいる。そこに大規模な畑が広がっていて、葉っぱが生えている。あれがマンドラゴラの畑なんだろう。


「おう! この地の支配者、シャルナハ・イブリースが参った。お前たち、しっかりやってるか!」


 いきなり大声を出しながら、馬車を降りたシャルナハがずかずかと里に入っていく。


「ひいっ」


「ぴゃっ」


 それにびっくりした農作業をしていたスケルトンたちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「あれー?」


「ええと……誰か責任者みたいな人はいないんですか」


「おお、いるいる。ついて来い!」


 本当に大丈夫? と訝しい顔をしながらシャルナハの後をついて行く。辿り着いたのは、他よりもちょっとだけ大きなテントだった。


「長よ! いるんだろ、出てこい」


 またシャルナハが馬鹿でかい声で叫ぶ。するとテントの入り口がもぞもぞ動いて骨が出てきた。頭に鳥の羽で出来た帽子を被り、腰蓑みたいのをつけている。よかったキャラ付けしてくれて。僕にはスケルトンの顔の見分けは付かない。


「シャルナハ様……これは急なお越しで」


 どうやらシャルナハはなんの話も通していなかったらしい。骨の顔からでも、スケルトンの長の戸惑いが伝わってきた。


「お前らに話がある。まあ、悪い話じゃない」


 お兄様、完全に言い方がヤクザのそれなんよ。助けを求めるように長がこちらを見る。


「あの……商売の話です」


「さようで。では中へ……」


 多分、なんやこいつらって思っているんだろうな~。それでも長はテントの中へと僕らを招いてくれた。


 中には中央に囲炉裏があり、その周りに草を編んだ座布団がある。僕らはそこに座った。ただファラーシャはナミラの椅子に座った。


「シルハーン、あれを」


「かしこまりました」


 僕の声に、シルハーンが胸に抱えていた包みをそっと長の前に置いた。


「ほほう……これは」


 長が包みを開き、声を漏らす。僕たちが持って来たのは香木だ。長はその香木を手に取り、しげしげと眺めると、ナイフで少し削り取る。そしてそれを胸から下げていたパイプに詰めて火を付けた。白い煙とともに良い香りが漂い出す。


「ふううう……」


 長はパイプの煙を吸い込んだ。眼窩や耳の穴から煙りが漏れているのがシュールだ。


「これは良い品物ですな」


「ええ。お近づきの品です」


 魔族にも色んな者がいるが、スケルトンには食事が要らない。代わりに嗜好品として大人も子供も喫煙をするのだ。魔族領では希少な香木が最も珍重されるが、無い時はマンドラゴラの葉を吸っている。根っこの部分は要らないので売っていたのが、スケルトンのマンドラゴラ栽培の始まりだという。


「長、こいつはうちの末っ子だ。あんたんとこのマンドラゴラに用があるそうだ」


「さようで」


 長の視線が僕の方に向いた。目玉はないけど。


「ジュアルと言います。僕はマンドラゴラを人間に売りたいのです」


「人間に……?」


「ええ、薬草として需要がありますが、供給は微々たるものです。うまくすれば高値で売れる」


「そんなにうまくいくものかの? 魔族が売りに来るものなんぞ売れるのか」


 長が首を傾げる。スケルトンには肉がないので、リアクションがどれも大きめだ。


「わかりません。魔族でそんなことをしようとした者はいないんじゃないですかね。だからやるんですよ。長にお願いしたいのは二つ。人間の国に売りに行くマンドラゴラを僕に売って欲しいのと、販路が広がったら増産をお願いしたいんです。ま、増産はまだ先のことでしょうけど」


「こいつはうまくやるさ。な、長。そうしたら労せず我々には金が入ってくるって訳だ」


 シャルナハも援護してくれる。ま、金が欲しいんだろうけど。


「金、か。我らにはさほど不要のものだな。他の村とは物々交換をしている。煙草や生活用品なんかとな。わしらはその方がええ」


「そうしましたら……利益相当分の香木を人間の国で僕が仕入れるというのはどうです」


「その方がありがたいな……で、わしらの利益はいかほどだ?」


 はい、この話になったね。ちらりと横のシャルナハを見ると、そちらも食い入るように僕を見ている。


「スケルトン側に儲けの二割。シャルナハお兄様には一割。これでどうでしょう」


「お前が七割取るのか!」


 シャルナハがいかにも不満そうな声を出す。


「仕入れの金を出すのも僕ですし、交渉も、運搬もぜーんぶ僕ですよ? じゃあシャルナハお兄様、手伝ってくれますか?」


「う……それでいい、が」


 後でまた文句を言われそうだな。その時はその時だ。とにかくマメに贈り物でもしておこう。


「長はそれでいいですか?」


「ああ構わん。マンドラゴラはまずどのくらいいるのかね」


「まずは……そこの木箱一つ分くらいあれば」


 いきなり多くは要らない。どこで売れるか分からないし、まずはサンプルとして欲しい分だけ。


 まずスケルトンとの交渉はまとまった。僕は獲れたて新鮮なマンドラゴラを手に入れた。


「ふああああ~」


 その時、ファラーシャがビジネスの場にふさわしくない大きなあくびをした。


「終わったようだな。帰るぞ」


 待って、勝手に帰り支度しないでよ。


「シルハーン、ナミラ! マンドラゴラを運んで」


 スケルトンの長には今回のマンドラゴラの支払いは後日と頭を下げ、僕らはテントを出た。


「お姉様!」


 僕がファラーシャに駆け寄ると、唐突に頭をわしゃわしゃされた。


「な、なんですか!?」


「……見てたぞ」


「え?」


「堂々と大人たちに向かって交渉をしていた。お前は本ばかり読んで物静かで、心配していたが杞憂だったな。お前も王族の男だ」


 え、褒められてる。僕褒められてるのか? 戸惑いとともに、むず痒い気持ちがわき上がってくる。こんな感覚何年ぶりだろう。ずっと努力が足りなかったとか、条件にこだわりすぎだとか、無能だとか、あげく手柄を横取りされたり、ずっとずっと上の世代からも下の世代からも責められ馬鹿にされてきた。


「あ……ありがとうございます……」


 鼻の奥をつんとさせながら、僕はファラーシャの後を追った。


 ずっと誰の役にも立てないって思っていたけど――これからは違うんだ。きっと。



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